コラム・エッセイ
No.125 老境4・囲碁、将棋、柔剣道、相撲…ここまで日本人の生活に密着していた伝統競技が絶滅する将来を傍観できるか
独善・独言 周南市の黒川病院の黒川徹病院長から囲碁の復活活動をしていると耳にした。絶滅を危惧して子ども達へ教宣しておられると聞いて様々な興味が湧いてきた。そのいくつかを…。
A表㋑㋺は趣味、㋩〜㋬は競技という範ちゅうに入るかもしれないが、比較上すべて「種目」、「関係人口」という表現にさせていただく。ついでながら妻の父は囲碁の相当な上級者で4目置いて亡くなる3カ月前にやっと一勝できた…私の大切な郷愁話しである。
㊀関係人口はここ30年で大幅に縮小してきた。私が新人社員の頃の先輩=戦中派は、このほとんどの種目を経験してきた。しかし、彼らとは違う風土に生きた現在の総人口の大半を占める我々戦後生れは、日本の伝統競技から離れていったということである。
㊁その変わった風土とは何か。⑴ゲームほか趣味が広範になる ⑵自分でやる趣味から観る趣味へ ⑶勝利至上主義となり楽しむという側面が減退 ⑷相撲や柔道など痛い競技は避けスマートな競技にシフト…等思いつくが一番は、殊に囲碁、将棋に関していえば ⑸核家族化にありはしないか。
昔は無役の年寄り同志が囲碁をうつ場面や、たまには柔道着姿や竹刀を振る姿をみる。「じいちゃんボクにも教えて」となる。現役で多忙な父親にはそのような時間を作る余裕に欠ける。年寄りがいない家庭ばかりになったことで日本人が失った文化や風土はいかばかりかと考えこんでしまう。ルールの難解な囲碁はその典型であろう。
㊂もう一つ…㋑〜㋬のすべてが男性競技であったこと。柔剣道は大和魂発露の場で、女性は茶道、華道の“ナデシコ”に留めおかれてきた。私の祖母や母親が囲碁を知っていたとはとても思えない。伝統種目は男尊女卑のいきつくところだと憤慨するが、今日、女流棋士がいたり女子柔道の活躍に救われる思いになる。
㊃さらに…A表右欄、伝統競技に由来した言葉である。これらはどのような経路をもって我々が意識もなく生活用語に使っているのか強い興味が湧く。
殊に囲碁から派生したことばの数々は語源を超えていないか。よーく使う「ダメ」という言葉が囲碁の「駄目」からくるとは想像もしなかった。囲碁を知らない方に“囲碁のダメ”の意味を教えたいと思ったが…やめておこう。
ともかく囲碁は日本人の生活に決定的に関わっていたのである。
㊄先の黒川氏は囲碁を知らない人にアプローチするツールとして「どうぶつクライシス」というゲーム⇒“絶滅危惧種たちの陣取りゲーム”を開発するなど復活活動を続けておられる。トッププロまで楽しんでいるというこのゲームをダウンロードして、囲碁を理解する端緒にしてほしいが…。
氏のことばを借りれば「遥かなり囲碁普及の道」である。絶滅はともかく復活の可能性はあるのか。今の我々の世代は永い永い間祖先から引き継いできた伝統文化を喪失させようとしている…それで良いかということである。
ひとつ提案である。小中学校の自由学習のなかに囲碁、将棋の時間⇒《日本人魂の時間》を入れられないか。
講演請負業 阿武一治 kazuharu.anno@gmail.com
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