コラム・エッセイ
コロナに曳かれてオンライン
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子外出時には必ずマスク着用、施設訪問時には手指消毒。行動時には三密回避。もう生活の一部になってしまったような習慣を日本社会に植え付けてしまった新型コロナウイルス感染症。いつかは収まり、昔話となって語られることになるのだろうが、丸3年間で根付いた行動習慣は日本人の特性を説明する恰好の例として、今後も取り上げられてゆくことだろう。
新型コロナウイルス禍が社会活動に大きな影響を与えたと感じるのが「オンライン」の広がりだ。
2年前の春の一斉休校。授業をしないわけにはいかないからと、先生も生徒もPCと端末を介して慣れぬ操作に戸惑いながら授業をする様子が報じられた。オンライン授業という言葉が、小・中・高校のみでなく、大学、学習塾でも広がり、マスク手洗いと同様に、社会の行動様式をあっという間に変えてしまったと感じるのがオンライン方式の浸透。
ビジネスや芸能の世界ばかりか、首脳会議までオンライン方式での開催が普通になり、忙しく危険がいっぱいの時代に合ったやり方として広く採用されている。このオンライン方式を一番熱心に進めているのはどうもお役所のようだ。
普通、世の中の変化や、その変化で生じる社会からの要求に最も鈍感なのがお役所と呼ばれる行政機関だと思ってきた。しかしコロナウイルス感染症拡大阻止に総力を挙げている感のある行政組織ではあらゆる会議は可能な限りオンライン方式が求められ、私たちが受託運営しているいくつかの事業でも今ではほとんどの会議をオンライン方式で進めている。
連絡とPC設定さえしておけば、時間や場所を心配せずにできるから、これがコロナ禍対応の必要からこうなったのなら、コロナ禍もあながち悪ではない、コロナウイルスのけがの功名とも言える。もっともこのオンライン方式を受け入れたくない人もいる。その代表が我が連れ合い。
「会議というのは文字通り、顔と顔を会わせて議論するものだろう。そうでなければ息の合った実のある会議にはならない」と言いつのる。
ところがそんな異議を唱えるご本人は、今は自宅で生徒を迎えることが出来ず仕方なく始めたオンラインレッスンにはいたく熱心で、慣れぬ手でアプリを操作し、久しぶりに会う生徒とおしゃべりを交えながら楽しそうに学習指導をしている。オンライン方式を否定して面談会議を求めるのは、会いたい相手を近くに感じながら話したいということなのだろう。
こんなオンライン方式をうまく採り入れることで、人には明かしがたい相談事を気楽に伝えることが出来るようになれば、若者支援事業にとって最も大切な相談対応をスムーズに進められるから、コロナウイルス禍が私たちにもたらした大きな功績となる。
とは言え姿も現さず暴れ回るこのウイルス、大義もなく隣国に攻め込み蹂躙(じゅうりん)する北の大国も含めて、早く愚行を反省消滅してほしいと世界中が願っている。
(カナダ友好協会代表)
