コラム・エッセイ
私の本棚
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子かつては「行楽の」「芸術の」「食欲の」と華やかな修飾辞がついたこの季節がすっかり存在感を失ったが、温暖化が進んでも簡単には変化しない自転・公転の営みのお陰で日毎に進む夜長は今年も変わらず、「読書の秋」は辛うじて面目を保っているようだ。
この時期になると日々の話題にも読書につながるものが増してくるように感じる。そんな中で耳に残ったのが、「本棚を見るとその人の人柄が分かる」という、ある学者の言葉。
どんな本を持っているかだけでなく、どんな並べ方をしているか、人によって整理の仕方は様々で、この本の隣になぜこの本があるのか、本棚の持ち主の性格がよく表れるのだそう。そんな気持ちで他家の本棚を眺めたら、長くお付き合いしている人の意外な一面も発見されて、面白いことだろう。
だが、我が家の本棚は、見る人を戸惑わせ、この家の住人はそろそろ認○症が近いと思わせるかもしれない。築半世紀を超えた古屋にそびえ立つ黒い本棚。上から下まで埋め尽くされ、入りきらなくなると奥へ押し込んでその前に並べていくから、どこに何があるのか分からなくなっている。こうなった原因は明らかで、この本棚は二人分だからだ。
この家に移るまでそれぞれ本棚は別だったが、新居の有効空間確保のため一緒にしたのだ。かつては文学少女時代もあったから、青春時代を共に過ごした愛読書を懐かしく抱えていて、共有本棚にもそれなりの座を占めていたのだが、2人分の居場所になってからは増えるのはつれ合い殿のものばかり。
出かけるたびに書店や古書店を巡り新刊書や古本を買い集めて来て、一方私は時に合わせて育児本や子ども達の将来のためにと文学全集を買いそろえる程度だから、本棚はあっという間につれ合い殿の専用状態になり、昔日の文学少女の思い出は上段へ上段へと居を移され2重並べとなり、見上げても書名も分からぬ、大型書店の最上段状態となっている。本体も持ち主も年を重ねた今、改めて眺めるとこの本棚には、持ち主ふたりの性格がよく表れているのを感じる。
全集類や育児・教育関係。ひいき目に見て整然と並んでいるのは私関係。一方ジャンル構わず並ぶのはつれ合い殿だが、全く雑然とでもない。買った順なのだ。日本語に関する本がずらりと並んでいる次には生命に関わる本、本。それに続く環境問題関係、美術や色、東西歴史と続く。分野別の整理かと思うとそうではない。買った順なのだ。それぞれの時期には話がやたら詳しくなっていたこともなるほどと合点がいく。
これを見ればわがつれ合いの興味の変遷がたどれて面白く「本棚を見ればその人がよく分かる」という言葉には一理も二里もあると納得できる。我が家を静かに見守り歴史を刻んできたこの本棚が今一番気がかりなのは、この先自分とおなかいっぱい詰め込んだ本達が一体どうなるのかということだろうが、私にも分からない。(カナダ友好協会代表)
