コラム・エッセイ
No.2 〔リビアの話〕
日本の高度成長時代の思い出 元・徳山大学理事長 池田和夫ある時、M重工㈱から「セメントプラントの運転員教育」の依頼が来ました。これは M重工が リビアにセメントプラントを納入したのですが、M重工はプラントを作るのはお手のものの、それを運転するのは日頃やらないので、リビア人の運転指導をやってほしいと頼んで来られました。リビアは アフリカ大陸の北側に位置し、地中海に面した所です。私はどうかと尋ねられたので、二つ返事で「行きましょう」と快諾しました。
リビアは当時 カダフィ大佐が、それまで続いてきた王制を強制的に排除して 軍事独裁政権の国にしていました。
成田空港を飛び立った私の乗った飛行機は、フランス経由で首都トリポリの空港に着き、国内線に乗り換えます。その時、まずビックリ! 乗客は座席番号の入ったチケットを持っているのに搭乗口に押しかけます。行儀が悪いのは分かっていましたが、乗れないと大変なので私も必死に押しかけます。
以前、M重工の先輩が、「飛行機に乗って座っても、軍人が来たら目を合わさないようにすること。“おい。お前!俺と変われ!”と言われるかもしれないのでね…」と言っていたのを思い出し、飛行機が飛び立つまで、じっと横を向いていました。
地方空港のデルナに着くと、M重工現地採用のリビア人が、古いながらも高級車ベンツで迎えに来てくれていました。空港から地中海を背に、真っ直ぐな道路を砂漠の奥の方へ猛スピードで2時間。砂漠の中にこつ然と建っているセメントプラントに到着しました。
翌日、工場の建物の屋上に上がり周りをぐるっと見渡すと、360度、地平線まで何もありません。地面は砂というよりは、細かい土に小さな石が混じっているので「土漠」と呼んでおり、ところどころに背の低い草が生えています。
その草を痩せた羊が食べていましたが、草は薬草らしく、日本の羊と違って肉は臭みが無くて美味しいとのこと。 リビア人の野外パーティーでは、羊をまるまる一頭焼いていました。
飲料水は、M重工キャンパスの敷地内に 200メートルの深さの井戸を掘り、日本から持ち込んだ濾過装置を通して飲んでいました。
リビアの日本人用プレハブ宿舎
