コラム・エッセイ
[フィリピン・セブ島の話]完
日本の高度成長時代の思い出 元・徳山大学理事長 池田和夫ある大手商社から、フィリピンのセブ島にセメントの原料になる石灰石の山があるから工場を作らないかという話が持ちかけられました。会社のトップの判断で、別のセメント会社と共同で話を受けることになり、私はその仕事の担当になりました。
石灰石の山からベルトコンベアーを港まで引き、そこにセメント製造工場を作る。工場の中に周りと同じヤシの木を植えると、観光地並みの魅力的な工場になります。
その他の立地条件も良かったのですが、石灰石の山を調べるとその土地の権利者が200人以上いるのにビックリ。フィリピンでは、子供が10人以上の子沢山で、その子供も大きくなって子沢山。その子達に相続すると、山は宅地並みに分かれていました。
「高く売りたいので、日本人が来たので ゴネていれば高く売れる!」とゴネられました。土地の価格交渉を1年以上やったのですが、折り合わず、「新しいセメント工場が赤字になるなら止めよう」と話し合いを中止しました。
建設計画を中断したのを社長からは大変叱られましたが、1〜2年経つとセメント価格が暴落したので、お金を使わずに止めて良かった と思いました。
海外投資はいつもうまくいくとは限りません。私の退職した後に約2,000億円の投資がうまく行かなかった例がでましたが、現在の経営者はその困難を乗り越えて立派に建て直したのに感心しています
