コラム・エッセイ
03 ―ライブハウスの「色」―
ライブハウスと私 兵頭尚吾前回の続き。
在学1年目の夏。
働きながら卒業させてもらえることになった私は、複数のスタジオとライブハウスを経営する会社に就職。渋谷のライブハウスで働くことに。
出勤初日に先輩方に挨拶を済ませ、与えられた業務は「ブッキング」。
このブッキングという仕事がライブハウスの「色」を決めていきます。
簡単に言えば「イベントを作る人」ですが、年中無休の店舗では毎日ライブが開催されます。所謂「空き日」を作ることが絶対に許されないプレッシャーの中、仕事はスタートしました。
知り合いに連絡を取り、東京中のレコード店へ足を運び、バンドや弾き語りアーティストの情報を取得、他店舗のライブハウスのイベントにも遊びに行く。
但し、他店舗の出演者に出演依頼の声をかけるのは業界のルール違反。
オファーは出来ないため、名刺を渡して出演者のCD等を自腹で購入。
まずは顔を覚えてもらうことから始めます。
1年が過ぎるころには自分の「好きな音楽のジャンル」が確立し始め、得意なジャンルでイベントが制作できるように。
そんな折、当時の店長から突然の通告。
「うちの店のカラーにそのジャンルは合わない。店に合ったイベントしか組まないで」
異議を唱えるも、話も聞いてもらえず、業績は悪化していきます。
その後、ついにはブッキングから音響業務へと異動に。
次第に「辞めたい」気持ちが募っていきます。
退職の意向を伝えると、思った通りあっさりと「お疲れ様。了解」の返事。
1年そこらでの退職。学校にも申し訳ないと思っていた矢先のこと。
退職を聞きつけた他店舗の店長から「うちの店に来ないか?」と電話が入る。
「お前の得意とするイベントで店を盛り上げてくれ」と言われた私は即答で承諾。
退職ではなく、他店舗のライブハウスへ異動することに。
この店長こそが私を作ってくれた恩師。
次回は、そこでの話を。
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