コラム・エッセイ
06 ―根拠の無い大丈夫―
ライブハウスと私 兵頭尚吾前回の続き。
ライブハウスに出演するアーティストが続々とメジャーデビューを叶え、売上も右肩上がり。都内でも一目置かれる存在に。
長かった苦労時代を超え、ようやく波に乗れた25歳。
公私ともに将来について真剣に考えます。
「このままこの会社で働き続けるのか」
「自分でライブハウスを作るのか」
「頼ってくれたアーティストのマネージャーとして、メジャーフィールドで戦っていくのか」
悩み抜いて出した結論は「地方に自分でライブハウスを作る」こと。
目が出ていない地方のアーティストに何かしたい!未知なる可能性を発掘したい!
地方の持つ魅力は、地方出身者の私の心をどんどん動かしていきます。
選んだ街は妻の生まれ故郷である山口県周南市。多くの人に反対もされました。
それでも、座右の銘にしている「根拠の無い大丈夫」で少しずつ前へ。
お世話になった沢山の関係者や出演者への挨拶、店長職の引き継ぎなど、約1年かけて自分が育ったライブハウスを卒業。
2007年4月。
18歳から25歳まで過ごした東京から山口県周南市へ、約1000キロの道程を妻と二人で出発します。
「さて、何から始めようか」
電話する相手もいなければ、相談出来る友人もいない街。
予想はしていたけれど、苦しいスタートアップ。
ライブハウスを作る上で絶対条件としていた“駅近くの地下物件”には中々出会えず、
何度も空きテナントを回ります。
ようやく探し当てた物件が今のLIVE rise SHUNAN。
「さぁ、場所は決まった」
「後は開店に向かって準備だ」
施工業者も知らなければ、手伝ってくれるスタッフもいない。
何よりお店が出来ても、山口県在住のアーティストを知らない。
簡単には突破できない壁に、ぶち当たる。
次回はその時の話を
