コラム・エッセイ
09 ― RISING HALL ―
ライブハウスと私 兵頭尚吾前回の続き。
山口県でWILD BUNCH FESを初開催。
Opening Actを務めたバンドは数年後、我々を日本武道館に招待してくれた。
このことがきっかけで決まった次の夢。
「WILD BUNCHで戦えるアーティストを産みたい」
直ぐに頭に浮かんだのは、音楽事務所の設立やスタジオ経営ではなく、
「収容人数が大きいライブハウスの立ち上げだ!!その挑戦が未来を変える!」だった。
そう確信した同時期、これまでこの街の発展に大きく貢献してきた「テアトル徳山」の休館を知った。あの場所なら、手を加えればきっと素晴らしいライブハウスが出来る。
テアトル徳山を経営していた会社と幾度も打ち合わせる。
一人では乗り越える事の出来ない大きな壁にもぶつかり、
気持ちだけでは形を作れない事実に向き合った。
「形を作らないと、何も始められない」
この街の音楽の発展、一緒に働いてくれているチーム、そして家族を信じ、
個人事業主からその会社の社員になる事を決断した。
その決断こそ、「人生」を決めた瞬間だった。
成功しても失敗しても後には引けない大勝負。
絶対に負けられない戦いが始まった。
その後、事業計画書、会場図面、使用機材の設定と進むが、
小さなライブハウスで通用してきた事が全く通用しない…。
WILD BUNCH開催のチームからも
「山口で大型ホールの経営は厳しい…」と反対の声が多数。
予算も当初計画を大きく超え、私が選んだ決断が自身の首を絞める事になった日々を今もはっきりと覚えている。
だけど覚悟は変わらない。むしろ簡単に変えちゃいけない。
2年程の下準備を過ごし、おおよそ思惑通りの条件が整った。
いよいよ人生最大の挑戦が始まる。
後戻りは出来ない。
2015年春、改装工事が始まる。
同年の11月14日、テアトル徳山はRISING HALLとして生まれ変わった。
次回は、OPENしてからのお話を
