コラム・エッセイ
11 ― 対人距離2.0m ―
ライブハウスと私 兵頭尚吾前回の続き。
2020年4月。日本に限らず全世界をパンデミックに落とし入れたCOVID-19。
政府は「3密を避ける新しい暮らしを」と釘打ち、
「密」を得意とする我々ライブハウスはがんじがらめになった。
きっかけは大阪のライブハウスのクラスターだった。
「ライブハウスは悪だ」
「こんな時にライブをするなんて理解不能」
そんな声が後を絶たない。
当店にも電話やメールがいくつも届いた。
日本で最初に営業自粛を高じたのは我々の業界だった。
予定していた公演は全キャンセル。
観客を招いて成り立つライブが1つも開催出来ず、
流石に心も弱くなっていった。
その状況でも全国の同業者と手を取り合い、何とか売り上げを出す方法を模索した。
当店が実施したのは2つ。
1つ目は「配信ライブ」
観客を招かず、無観客でライブを配信した。
しかし、地方のアーティストの配信がそれほど売れる訳ではない。
試行錯誤を重ね、より良い環境作りも試みたが、長くは続かなかった。
2つ目が「オフィシャルグッズの制作」
スタッフが考案し、縁の深いアーティストからデザインもいただきグッズを制作。
大きな利益は生まれはしなかったが、僅かばかりの売上を得る事が出来た。
3カ月程の完全休業を経て、ようやく営業再開の目途が立つが、
業界が定めるガイドライン「対人距離2.0m確保」という条件付きだった。
周南ライジングホールはキャパ550名に対して50名。
周南ライズはキャパ250名に対して15名。
それでも、我々を気にしてくれている県内のアーティストが帰ってきてくれ、
久しぶりに灯った照明の下で、大きな音が鳴った。
鳴り響かないのは、観客の歓声。拍手だけが響く。
この状況でもライブが開催されたことに涙が出た。
年が明け、2021年になった。
感染拡大はいまだ止まらない。
夏が過ぎても業績は悪化し続け、いよいよ限界が見えてきた。
しかし、ここで終わっちゃいけないし、終わらせない。
私は、ある行動に出ることにした。
次回はそのお話を。
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