コラム・エッセイ
No.78 第一回セイロウ祭に行きました
美人薄命 走れ!おばさん 中村光子8月27日(土)に大島の鼓南地区総合グランドで、日本精蝋主催の第1回セイロウ祭が開催された。
土曜日の夜は、いつも娘と食事をしている。その日は友人の物知り博士のK女史を招待していた。
物知り博士K女史のことを少し紹介したい。彼女は日本、いや世界の隅々の情報から、近郷近辺の出来事に至るまで精通している。故に、私は彼女に“物知り博士〟という称号を差し上げているのだ。
さて、我が家での食事会はじまりー、という時、電話が鳴った。
「娘のK子が、セイロウ祭りで歌をうたうことになったのよー」
「エエッ、そりゃあ聞きに行かんにゃあー」
我々は食事会を後回しにして、祭りの会場へと車を走らせた。道路からグランド駐車場への親切な誘導に感謝しながら会場へ到着。
正面に舞台が設えてあり、その周りにテントが立ち並び、タコ焼屋、団子屋、かき氷屋からの呼び込みの元気な声がする。コロナ禍のため、椅子と椅子との間隔は広く、ゆっくり座れる。
地元住民や日本精蝋勤務とその家族たちで大賑わいだ。セイロウ祭は日本精蝋の工場長のあいさつで幕を上げた。
外出を控えている私は、全てが物珍しく旅気分だ。だが、物知り博士は、何人もの知人に会い楽しく歓談だ。
「やっぱ、彼女はどこへ行っても知り合いが多いねえ」
と、感心していたら
「知り合いの方からの戴きものです」
と、たこ焼きやお団子を持って、我々の所へ戻ってきた。私と娘は大喜びで、ご相伴にあずかったのは言うまでもない。
会場のあちらこちらにはグループの輪が出来、ビール樽(?)を背負った売り子さんは、人ごみをかき分けながら、売り込みに忙しい。
やがて、舞台にはギター片手の青年歌手が登場した。彼の弾き語る歌に耳を傾けるが、私の全く知らない歌である。知らない内に世の中は変わっているのだ、と井の中の蛙の私は、自分を慰めた。
青年が何曲か歌ったあとに、K子さんが登場した。K子さんは青年の弾くギターに合わせて歌い始めた。
もちろん、K子さんの歌う歌も知るよしもないが、K子さんの音域の広い澄みきった歌声は観客を魅了しながら、周囲をかこむ山々にこだましながら、やがて…大島の海へと飛んで行った。
“能あるタカは爪を隠す”とは彼女のためにある格言であろう。
K子さんの歌に酔ったまま帰路についた。我が家にも定番の酢物、煮しめ、そして高森牛ステーキが待って…いる。
