コラム・エッセイ
No.90 老いには…勝てず
美人薄命 走れ!おばさん 中村光子12月8日は夫の祥月命日である。昭和60年に、夫は食道ガンの大手術をした。当時はまだ、背中を切り開き胸にまわって手術する方法だった。幸い手術は成功したが、10年後に再発してしまった。
天使の部屋で
がまんしてください
がまんしてちょうだい
がまんして
わたしはあなたに
なにをがまんして
ほしかったのだろう
しぬほどくるしんでいるときに
おろかにも
がまんして と
たのんだのだ
夫が病気と闘っている時に、出来た詩だ。
暗い話はやめよう。
12月8日の早朝、親友のタコから貰った沢山の菊の花と、ハナシバを抱きかかえ、徒歩で墓所へ向かった。
75歳の時、運転免許証を返納した。バレーボールにうつつを抜かしていた頃、3人のバレー仲間を乗せて練習場へ通っていた。3人とも、とても優しいひとたちだ。万が一、交通事故でも起こしたら大変なことになると思い、返納したのだ。
そんな私を、娘は可哀想と思ったのか、ナント、黄色の自転車をプレゼントしてくれた。どこへ行くにもルンルン気分で、さっそうとペダルをこいだ。
が、寄る年波には勝てず、只今、自転車は玄関先で私を見守っている。今、外出は徒歩だ。時々、友人の車に便乗するが、少し遠慮がちに乗っている。
「昔は、走れ!おばさんに乗せてもらっていたのだから」
と、私の気持ちを楽にしてくれる。
若い頃、と言っても40代頃、ちんたらと走ったり、下手なバレーボール等をしているうちに、無理がたたったのか、この頃足先がしびれるようになった。
まあ、満身創痍状態ではあるが、少しの痛みやしびれぐらい我慢するように、我が足をパシパシとたたいて、言いきかせている。
徒歩での墓参りは、往復2時間半もかかった。足も弱り、物忘れもひどくなった昨今、行動範囲も狭くなった。
我が遊び場にも、誰もお茶を飲みに来ない日がある。従って、誰とも話すことがない。
本を読んだり、私のもっとも得意な“広告紙で作るゴミ箱〟折りに励んでいる。
その作業に飽きると納戸に頭を突っ込み仕舞い忘れて、何十年も見たことも使ったこともない、漆塗りの茶器や菓子入れ等が出てくる。矯めつ眇めつした後、元へ返す。
そ、そんな毎日です。
