コラム・エッセイ
再び 弥生(二)
随想 季節の中で 西﨑博史(周南文化協会会長)お彼岸です。ご先祖や肉親にお花とぼた餅を供えて線香を手向けられた人も多いでしょう。「お元気でしたか。ようお参りなさいました」。お墓のあちらこちらでそんな会話が交わされます。よき光景です。
かつてはお彼岸の頃に桜の蕾がふくらみ始めて4月の入学式の頃に桜の花びらがお祝いしてくれていました。今ではお彼岸とともに花見を楽しむ季節になりました。地球の温暖化が開花を1週間から2週間早めました。天気予報でも開花の時期が気になります。いつ咲くのか、いつ散るのか。桜の季節になるとなぜそわそわするのでしょうか。不思議です。
世の中にたえて桜のなかりせば
春の心はのどけからまし
千年以上も昔、平安時代の歌人、在原業平はこのように詠みました。この世に桜がなかったなら春を過ごす人の心はのどかだったろうと。花見の主流が梅から桜に変わったのは平安時代と言われます。奈良時代は梅が主役。「万葉集」で梅を詠んだ歌が約120に対して桜は約40。平安時代の「古今和歌集」になると、これが逆転します。宮中では花見の宴も開かれます。
武士も花見を好んで豊臣秀吉が奈良・吉野や京都・醍醐寺で盛大に催したのは有名です。江戸時代に入ると庶民も楽しむようになりました。8代将軍・徳川吉宗(在職1716~1745年)が植樹を進めて花見の大衆化に貢献しました。飛鳥山(東京都北区)や向島(墨田区)、御殿山(品川区)に植えたのも吉宗とされます。エドヒガンとオオシマザクラを祖とするソメイヨシノが幕末から明治にかけて登場したことで一気に広がりました。
花見は春の風物詩として長い歴史があって今や日本人のDNAとして刷り込まれているのでしょうか。桜は人生の折々の思い出とともによみがえります。着物姿の母に手を引かれて小学校の坂道を上がった入学式、夕暮れ時に吉野の千本桜を眺めて人生を思案した大学生の春の日、30歳を過ぎて新聞記者を辞める決断をしたのも桜咲く季節でした。
清水へ祇園をよぎる桜月夜
こよひ逢ふ人みなうつくしき
与謝野晶子の歌には美しい情景とともに優美さが匂い立ちます。八坂神社、円山公園辺りの風景でしょうか。映像がくっきりと浮かびます。
春は人生の転機と重なります。その背景として登場するのが桜。私にとっては悲喜こもごもの桜です。
