2026年06月25日(木)

コラム・エッセイ

再々 霜月(一)

随想 季節の中で 西﨑博史(周南文化協会会長)

 秋が短いように感じます。夏の暑さが10月まで及んで秋の出番が遅くなりました。短いだけに秋の美しさを存分に味わいたいと思います。紅葉を求めて、味覚を求めて旅心をそそられます。秋が深まると、なぜか旅に出たくなります。

 ふらんすへ行きたしと思へども
 ふらんすはあまりに遠し
 せめては新しき背広をきて
 きままなる旅にいでてみん。

 詩人、萩原朔太郎の「旅上」一節を口ずさんでいた高校生の頃。授業中、窓に目をやると青い空に白い雲がぽっかりと浮かんでいました。まだ見ぬ異国の地にあこがれを抱きました。彼の故郷、前橋は水と緑と詩のまち。40歳を過ぎて初めて訪れました。ふるさとは詩人の原風景を生み出します。

 秋の日の
 ヸオロンの
 ためいきの
 身にしみて
 ひたぶるに
 うら悲し。

 ポール・ヴェルレーヌの最高傑作の一つ「落葉」の冒頭。シャルル・ボードレールと並んで日本の読者に最も親しまれているフランス象徴派詩人。上田敏の訳詩集『海潮音』の絶唱です。秋風をヸオロン(ヴァイオリン)の音にたとえたこの詩は明治から大正、昭和へと若者の心を捉えました。

 日常から解き離れたい。そんな思いに駆られて6日、日帰りで大阪と奈良のアートの旅へ。大阪中之島美術館の大規模個展「塩田千春 つながる私(アイ)」と奈良国立博物館の「第76回正倉院展」を鑑賞しました。

 堂島川のほとりに2年前、黒い直方体の新しいランドマークとしてお目見えした中之島美術館。現代美術家として世界で活躍中の塩田千春は大阪生まれ、ベルリン在住の52歳。「生と死」をテーマに人間の根源的な問いかけをします。無数の赤い糸と大きなドレスを組み合わせたインスタレーション「巡る記憶」に驚きます。がんを克服しての創作は生き方そのものです。

 奈良公園はいつも心安らぐ場所。興福寺から東大寺に至るところに奈良国立博物館はあります。戦後すぐに始まった「正倉院展」は76回の歴史を重ねて今や秋の風物詩。聖武天皇ゆかりの宝物など57件が公開されました。ガラス質の釉薬を施した唯一無二の鏡、寄せ木細工の献物箱、天皇愛用の肘置きなど精緻な技にため息がもれます。国家安寧を祈った心が伝わります。ここには天平の美が花開いていました。

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