コラム・エッセイ
安野光雅さん逝く
翠流▼周南市ともゆかりの深い画家、安野光雅さんが昨年12月に亡くなっていたことがわかった。94歳だったという。若宮町のパレット画廊では30日(土)まで第6回睦月展が開かれて、安野さんの「スイスの村」「イタリアの山の中の村」などが展示されている。
▼パレット画廊とは20数年の交流があり、2019年1月の睦月展では「安野光雅の世界」展を開いた。平野壽美子社長によると、安野さんは秘書などを置かず、スケジュール管理なども自分でしていたそうで、この時も90歳を超えて元気そうだったという。予期しない悲報に「さびしい気持ちをどうしていいかわからない」と話している。
▼安野さんは島根県津和野町出身で、山口師範学校研究科を修了。旧徳山市の加見小学校で教えていたことがある。著書の「絵のある自伝」によると当時の校長は石田勝美さん。音楽の授業のためにオルガンを猛勉強したり、理科ではアリをマッチ箱に入れて2階から落としたりしたことがつづられている。
▼結局、石田さんの勧めもあって、安野さんは間もなく上京し、教員をしながら画家の道を歩むことになる。国際アンデルセン賞画家賞や紫綬褒章、菊池寛賞など受賞も多く、文化功労者にも選ばれたが、その絵や文章からも温かい人柄が伝わってくる。
▼もう新作を見ることができないが、津和野町に安野光雅美術館があり、その作品に接することができることがせめてもの慰めであろうか。(延安)
