コラム・エッセイ
須金市日
翠流▼「過疎」が地方の課題となって久しい。少子高齢化の波は都会から遠ざかるほど大きくなる傾向がある。「限界集落」という言葉が出てきてからでも長い。
▼一方で、人口が減っても豊かに暮らせる条件が整いつつあると感じることも多い。パソコンがあってインターネットにつながれる環境があれば、世界中、どこにいても仕事ができるようになっている。
▼周南市の須金地区も過疎地の一つ。その須金で8年前に復活した須金市日を訪れた。地元の人たちと地区外からの参加者が多彩なブースを出して和気あいあいと交流を楽しんでいた。
▼地区社会福祉協議会が敬老会の代わりにとまとめた写真集「須金地区 動く25のたからもの」にも須金市日があり、藩制時代から続いていたころの写真と、最近の復活後の写真が並べてある。以前の通りが人で埋まった大にぎわいにはおよばないが、最近の須金市日もなかなかのものだ。
▼この写真集には亀山八幡宮秋季大祭や須金地区市民大運動会、なし・ぶどう祭りなどの写真がまとめられている。どの写真も撮影されている人たちの表情は明るい。
▼人が減り、住まなくなってしまった集落も出てきている。しかし、そこで暮らす人の満足度、幸せ感は別のところにあるのではないか。新型コロナウイルス感染拡大でたくさんの人が集まることが避けられるようになって、そのことがより際立ってきた。これからはさまざまな場面で、規模より質が問われる時代になりそうだ。(延安)
