2026年10月23日(金)

コラム・エッセイ

(63)周防花岡駅

再々周南新百景 佐森芳夫(画家)

 岩国-徳山間の山間部を結ぶ岩徳線の全線が開通したのは、1934年(昭和9)12月1日であった。それより2年前の1932年(昭和7)5月29日には、岩徳西線として櫛ケ浜-周防花岡間が先に開業している。

 すでに、岩国-徳山間には1897年(明治30)に柳井駅を経由する山陽線が開通していたが、かって旧山陽道として栄えていた地域に不便が生じていたことから、山陽線より距離を短縮できる岩徳線が計画された。

 開業に至るまでの経過については、『花岡郷土誌』の「岩徳線由来(花岡駅開通まで)」に詳しく書かれている。全線が開通したことにより、山間部を走る現在の岩徳線が山陽本線となったことに注目すべきであろう。

 しかし、そのわずか10年後の1944年(昭和19)には、線路が複線化され電化もされた。対象となったのは、建設に多額の費用を必要とした山間部の路線ではなく、経費をおさえられる海岸線沿いの路線であった。

 その結果、支線となっていた柳井線が山陽本線となり、山陽本線であった岩徳線は支線となっている。ところが、31年後の1975年(昭和50)には、岩徳線とほぼ並行する形で山陽新幹線が開通し面目が保たれた。

 現在では、かって、岩徳線が山陽本線であったことや特急、急行などの長大編成の列車が走っていたこと、蒸気機関車やディーゼル機関車にけん引された客車列車が走っていたことを知る人も少なくなったに違いない。

 そうした当時の貴重な歴史を残しているのが、開業時から変わっていない駅舎や開通記念として花岡村から寄贈されたヒマラヤスギと思われる樹木や記念の石碑、今では持て余すほど長いプラットホームなどであろう。

 無人となった周防花岡駅の待合室には、きっぷの自動券売機が置かれていた。そばに掲示された「きっぷ運賃表」では、経路特定区間にあたることで運賃計算の特例が適用された珍しい表示を目にすることができた。

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