コラム・エッセイ
[ベトナム]通訳なし、英語で取材
周南漫歩◎人間、その気になればどうにかなるものだ。2月に訪れたベトナムで取材したバドミントン五輪選手のグエン・トゥイ・リンさんとの会話はすべて英語で、通訳なしだった。
◎年明けからバドミントン選手でもある下松市職員の山平さんやACT SAIKYOの西社長を通じてベトナムバドミントン連盟にリン選手の取材を打診し、やりとりを重ねた結果、ハノイのノイバイ国際空港でリン選手と落ち合うことになった。
◎まるで成田や関空ほどの規模のノイバイ空港で1人の女性と遭遇するのは運命に頼るしかなかったが、彼女がYONEXのユニホームを着ていたことですぐにわかった。空港からは彼女やコーチと共にベンツで私の泊まるホテルに向かった。
◎ところがいざ、ホテルのロビーで彼女を取材しようにも英語が口から出てこない。スマホの翻訳機能も意外と役に立たない。それでも知っている単語を必死で並べて質問すると意外と通じて、どうにかインタビュー記事に必要な材料はそろった。不思議だった。
◎ならばもっと上達したい。その日1日に話そうとして頭に浮かばなかった言葉と英単語をノートに書き出し、暗記することを3泊、繰り返した。すると日に日に英会話は楽になり、最終日の国立フレンドシップ病院訪問では院長に英語で自然に話せた。リン選手の時の不自由さは感じなくなっていた。
◎せっかく身に付いた会話力も帰国して元に戻った。しかし人間、必要に迫られれば何とかなることをこのたびのベトナム訪問から教わった。この教訓はこれからもいろんなことに生かせそうだ。
(山上達也)
