コラム・エッセイ
【下松】日立ではなく「日製」
周南漫歩◎2回目となる下松市・日立市・栃木市・秋田県小坂町の「3市1町交流会」を取材した。会場は茨城県日立市。現在の「ものづくりのまち・下松」の創始者たる久原房之助つながりの4市町にとって、日立市はその源流中の源流の都市だ。
◎筆者にとって日立市に足を運ぶのは初めてだし、茨城県入りするのも1985年のつくば万博(国際科学技術博覧会)以来、実に41年ぶりになった。
◎日立市で驚いたのは、日立製作所のことが「日立」ではなく日製(にっせい)と呼ばれていることだ。地名の日立と社名の日立を混同させないために、長年培われたものなのだろう。例えば日立総合病院前のバス停は「日製病院前」となっているほどだ。
◎そういえば周南地域でも㈱トクヤマは徳山駅、徳山高、徳山郵便局など既存の「とくやま」との混同を避けるため「かぶとく」という呼び方が一般化している。他の地域の人が「かぶとく」と聞いても一瞬、意味が分からないかもしれない。
◎しかしこの日製も調べてみると、戦前の日産グループ内における日立製作所の略称だったらしい。日本鉱業は日鉱、日産化学は日化、日本水産は日水、日産自動車は日車と略されていたという。単なる日立市内での略称にとどまらない、歴史の深さがあるようだ。
◎このあたりにローカルな歴史の面白さがある。いずれ栃木市や小坂町でこの交流会が開かれれば、また新しい発見があるかもしれない。それもまた都市交流の楽しさだろう。
(山上達也)
