コラム・エッセイ
ミカンやチューリップに学ぶこと
ちょこっと豆知識 立入塾スーパーの果物売り場の主役がミカンから他のものへと替わりつつありますが、もう少しだけ甘いミカンを口にすることが出来そうです。しかし古典落語「千両蜜柑」の舞台は真夏の江戸の町。そう易々とミカンが手に入るわけではありません。
ある呉服屋の若旦那が瀕死の病で臥せってしまいました。若旦那の望みはミカンが食べたいとのこと。番頭が主人に命じられ、江戸中を探して回りますが、真夏にミカンなどどこにもありません。やっとのこと見つけたミカンは一つ1,000両。それでも若旦那が回復するのならと、1,000両払ってミカンを若旦那に届けます。10房あったミカンのうち7房を食べ満足した若旦那、残った3房を家族に届けて食べさせるようにと番頭に手渡します。そこで魔が差したのが番頭。3房ならば300両、それだけの大金があればと、残りのミカンを持って逃げ出してしまいました。
この話は落語好きの友人が以前話してくれたものですが、この話の後に、17世紀のオランダで起こったチューリップバブル騒動の話をしてくれました。
当時、ヨーロッパ最大の港を擁したオランダは黄金時代を迎えていました。金持ちたちの間でトルコから伝わったばかりのチューリップの栽培がブームとなります。その結果、チューリップの球根の値段の高騰が起こります。さらに球根は投機の対象となり、多くのオランダ人は金もうけのためだけに球根に投資しました(決して栽培目的ではない)。一つの球根の値段が当時の熟練した職人の年収の10倍以上するものさえあったと言われています。
バブルは長くは続かず、2年足らずでその価格は通常のものへと落ち着きました。オランダのチューリップバブルの教訓はその後何度も語られて来ましたが、その教訓が生かされることなく新しいバブルがいくつも発生しています。
仮想通貨の話をよく聞きます。今後、AIやネット技術の進歩でキャッシュレス社会が急速に広がって行くものと思われます。ミカンは甘く、チューリップは美しく、そして新技術は便利にと、あるべきです。
