コラム・エッセイ
最後の藁一本
ちょこっと豆知識 立入塾学生時代、怒るととても怖いと評判の教授がいました。確かに見た目は強面でしたが、一度も怒っている場面に遭遇したことはありません。ある日、友人が真っ青な顔でみんなのいる教室に飛び込んで来ました。開口一番「○○先生に怒られた。本当に怖かった」と今にも泣きそうな顔で訴えました。
周りの連中が「いったい何をやらかしたんだい?」と尋ねると、彼は少々口ごもりながら「う〜ん、えっと、シャツをちゃんとズボンに入れてなくて。それだけなんだけど」
彼は教授に廊下で呼び止められ、小一時間大きな声で叱咤(しった)されたと言います。それも、最初こそ服装のことでしたが、テストの点数、さらにはクラスの他の連中のやる気のなさ等々。その時の教授はきっと虫の居所でも悪かったのかと思い、後日そのことを先輩に伝えました。すると先輩はニヤッとして「おぎやん(教授)の藁積みが久しぶりに出たんだな」と、言ってロバに藁を積んでいく話を始めました。
「屈強なロバに藁をたくさん積んでも平気だが、ロバにも限界がある。ちょうどその限界のタイミングでそのロバに藁をたった一本でも積んだら、その瞬間にロバは倒れてしまう。おぎやんもそれと同じで、普段は学生に不満があっても何も言わない。しかしそれが溜まって限界に達したら、どんな些細なことでも爆発する。1、2年に一度、誰かが犠牲になるんだ」その被害者が今回の彼だったわけです。
実は「最後の藁一本がラクダの背を折る」と言う英語のことわざがあります。略して「最後の藁一本」などとも言われます。先輩のロバの話はラクダがいつの間にかロバに変わって伝説となっていたのでした。本来このことわざは、どんなに些細なことでも大事に至ることがあるから注意しなければいけないと言う意味です。
いよいよ年末となりましたが、我々の心の中にも多くの藁は溜まってないでしょうか。年内にスッキリと藁を片付けて新年を迎えたいものです。
