コラム・エッセイ
日本の、次の夜明けは?
随想 猫の目 吉原 雍《巨星墜つ》
先日、中曽根元首相が101歳で亡くなった時、新聞、テレビで久しぶりで目にした活字。
大人物が亡くなった時に使われる表現だが、ちょっと個人崇拝的で、他人事ながら恥ずかしい。
《駆けあがれ》
実はあの言葉を見て僕が最初に思い出したのは、司馬遼太郎さんの小説「竜馬がゆく」の最後のシーン。(以下僕の記憶)
(竜馬が斬られた夜、暗い京の空に星が一つ駆けのぼった。まるで、この世でなすべき天命を終えた竜馬の魂が駆けのぼったみたいに。)
中曽根さんと竜馬とを比べる気はないが、僕は「巨星は墜ちるのでなく、天に駆けのぼってほしい」と思う。
《戦後日本の総決算》
中曽根さんは「戦後日本の総決算」をスローガンに掲げて旧国鉄、電電公社、専売公社の民営化に成功した。
だが僕はそんな中曽根さんよりも、旧国鉄総裁の石田礼助さんと、行革臨調の土光敏夫さんを思い出す。
石田さんは総裁就任の記者会見で「気分はヤングソルジャー(若い兵士)。パスポート・ツー・ヘブン(天国への旅券)をもらう気持ちでやる。給料は月に1ドル。」と発言、皆をびっくりさせた。以後、国鉄改革のため、政府、与野党、組合を相手にズケズケと直言した。
僕は昔、ラッシュの湘南電車にちょこんと座って小田原から通勤する石田さんの姿を見たが、宮本武蔵みたいな厳しい古武士のたたずまいだった。
城山三郎さんが小説「粗にして野だが卑ではない」に描いた、明治の日本人、ここにありの人物だった。
東芝の土光さんは「朝ごはんはメザシと味噌汁」の質実剛健、無欲な私生活が有名で、政府の行革臨調や民間企業の再建に剛腕を振るった。
東芝にいた僕の友人が「土光さんは僕らと同じエレベーターにとび乗って気安く話しかける」と誇らしげだったのも懐かしい。
《隠れた巨星たち》
中曽根さんが掲げたスローガンは、それなりに成功し、彼はいま巨星と呼ばれる。
だがその影に隠れて巨星とは呼ばれなかったが、民間で鍛えられ実力と腹の座った大人物たちがいたんだね。
戦後74年。政治、経済のほころびが目立つようになった昨今、次の夜明けを、巨星を待つのは僕だけだろうか。
《最後に三匹の猫》
7日(土)&8日(日)の午後2時〜「於保郁夫・テノールをあなたに♫」お申し込みは三匹の猫(0834-21-0600)まで。
13日(金)〜1月19(日)まで「山本俊昭絵画展」。(年末年始は休)
(ギャラリー三匹の猫)
