コラム・エッセイ
ああ、年の瀬
随想 猫の目 吉原 雍《今年もコロナに明け暮れたな》
このエッセー猫の目は2年半前までは毎週1回書いていた。
だが気力、体力の衰えを感じ(横綱白鵬みたいだ(笑))以来2週に1回に。
そこにコロナが出現して、怠け心にこれ幸いと火が付いた。(笑)
僕だけでなく最近は「ハア、枯れすすき」と心身金力の衰えを訴える方も急増中(笑)
ったく、しっかりしねーと、日本人は総怠け者になっちまうぜ。(渋沢栄一みたいだ(笑))
《コロナ症候群一覧表》
コロナ漫談はキリがないので怪しい症状を列挙して終わりにする。
「色気がなくなった。着替えが面倒くさい。起きるのがおっくうになった。
買い物が面倒くさい。風呂などどうでもよくなった。
働くのがイヤになった。医者通いがおっくうになった。アレが減った(できなくなった?)」
一つでも該当の方は至急なんとかされたし。
《マレー作戦後日談》
さて先週は「太平洋戦争開戦から80年」の節目につき、マレー作戦の話を書いた。
するとタイミングよく某テレビが「米軍爆撃機の付属カメラが撮影した昭和18年以降のフィりピン、台湾の日本植民地爆撃映像」を放映した。
当時すでに日本の敗色は濃く、米軍は本土上陸作戦の準備を始めた。
そしてフィリピン、台湾の数カ所の町が「日本家屋を燃やし易い焼夷弾(ナパーム弾)」の実験場になった。
なぜそれらの町が選ばれたか。日本軍がそこに「砂糖→アルコール燃料工場」を作っていたからという。
米軍はナパーム弾実験とその軍需工場破壊のために、その町を徹底的に爆撃し続けたというから恐ろしい。
その結果日本兵だけでなく大勢の原住民も犠牲になったというから悲しい。
米軍が日本を打ちのめすために、そこまで徹底的にやったとはね。
戦争のむなしさ、悲劇を改めて見せつけられた戦史だった。
《最後に今年の世相、漢字一字で?》
清水寺の和尚さんは「金(きん)」とおっしゃったが、年末にちょっと悪い話が続いたから僕は「銅(どう)」。
《年末の悪い話》
①地震多発
②大阪の放火殺人
③元首相がらみの森友事件で前回「忖度」今回「認諾」で幕引き。鬼平ならどう裁く?
《高嶋ちさ子・ヴァイオリンコンサート♪》
今年の厄払いに、周南市文化会館の美女12人の超華麗な演奏会♪
ああ、良い年だった♪
皆様、今年もお世話になりました。大晦日、お正月、ゆっくりお楽しみくださいね♬
最後に三匹の猫は25日まで(1月は7日から)「山本俊昭絵画展」♪
(ギャラリー三匹の猫)
