コラム・エッセイ
天災人災
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子10年で2度の震度7。幸い命長らえても、炎天下の酷暑の中で、散乱した家財を前に水も涼もなく立ち尽くさねばならぬ被災の方々の思いは、どんなにやるせなく心細いことかと、お察しするばかり。
災害の被害報道の度に「備え」の大切さに気付かされ、「備えあれば憂いなし」の言葉を反芻(はんすう)するのだが、実際にはいつ、どこで、どのように起こるのか予測不能な状態では「備えがなくて、憂いあり、備えがあっても憂いはあり」が繰り返されている。
この世は災害の危険に満ちている。天災(地震、雷、津波、噴火、台風、自然火災、隕石落下、温暖化、など)、病気、人災(環境汚染、火事、各種事故、など)、様々な危険に取り巻かれていて、そのたびに人命も多く失われてしまう。
過去の災害を失われた人命数(概数)でたどると、関東大震災(10万人)、東日本大震災(2万2千人)、三陸津波(明治期)(2万2千人)、宝永地震(2万人超)、伊勢湾台風(5千人)、明暦大火(10万人)、スペイン風邪(明治期)(40万人)、新型コロナウィルス感染症(2022〜2024)(14万人)、年間癌死者(38万人)、交通事故(1万7千人(昭和45年)、2,547人(令和7年))となっている。
災害の大きさを失われた人命だけで比較することは一概に適切とは言えないが、指標としては一番分かりやすい。
災害の被害を少なくするためには、被害の発生が少なくなるような準備(社会制度の整備、防災教育)、発生してからの救済と復興システムの整備などが図られ、その成果も上がっていることは、交通事故死者数の減少、感染症犠牲者数にも表れていて、原因は明らかだ。対策法が明確な場合には、発生してからの対策よりも、発生しないように努める予防の方が効果的だということは誰にもよく分かることだから、原因をなくすることが出来るなら、災害発生に備えるよりも、原因をなくすることに努めるのが効果的だし、そうすべきだということになる。
一つの例が地球温暖化への二酸化炭素排出規制で、温暖化の原因が二酸化炭素だけかどうか疑問は残るが、排出削減の技術開発、ガソリン車から電気自動車への転換が世界規模で進められている。この考えを進めると、世界規模で取り組まねばならぬ災害対策の大きな課題が残っている。
失われた人命だけで図るなら、日本だけで310万人。完全な人災。今年で81回目となる第2次大戦終戦(敗戦)の日。戦争は天災ではなく、誰かが始め、犠牲者を出すことを目的に人を戦わせるもので、明らかな人災だ。その結果、大規模天災と比べても桁違いの犠牲者を生む。起こる原因が明らかならば、起こることに備えるよりも、起こる原因を除く仕組みを作って動かさないことの方が大切で確実。
温暖化防止に熱狂的に二酸化炭素排出抑制に取組む世界の熱意が、人災の極限戦争撲滅に向かうことを願った、81回目の8月15日。
(カナダ友好協会代表)
