コラム・エッセイ
優先席小景
新しい出会いに向けて-この町・あの人・この話- 浅海道子公共交通機関には優先席が設けられている。たいてい3座席ずつ向かい合ってとられていて、優先される人を示すシンボルマークが4つか5つ描かれている。
ある日乗り合わせた電車の入り口付近の手摺りにつかまって立っていた。次の駅に着いたとき、突然頭の上から声がかかった。「あそこ、空きましたよ。座って!」と隣に立っていた背の高い男性が、丁度席の空いた優先座席を私のために確保してくれたのだ。
座席に座っていた人に席を譲られたことは何度もあるが、立っている人から席を確保してもらったのは初めてで、お礼の言葉と共に、有難く座らせていただいた。
向かいのシートには、私と同じの女性が2人と、20代とおぼしき女性。それはないだろうと思ったが、私だって座っている。そして次の駅では思いがけない展開が待っていた。
向かいの席のお仲間の一人が、乗ってきた若い女性に話しかけ、席を立って譲ろうとしている。少し戸惑う相手を促して、どうぞと席を空け、譲られた方も遠慮がちに腰を下ろした。何があったか分からない気持ちで、目の前に坐った彼女を見て、合点がいった。腰の辺りに下げられた丸い赤ちゃんマーク「おなかに赤ちゃんがいます」と知らせるマークだ。
席を譲ったお仲間はこのマークが目に入り、これは自分よりもこの席を必要としている人だと、席を譲ったのだ。善意の押しつけを感じさせない、人柄が推し量られるいい光景だった。そして同席の若い女性。隣席の動きも知らぬげに一心にスマホ画面を操作している。「ああ、これが世に言うZ世代か?」と、世代の違いを嘆こうとしたが、同時に「待てよ。そうではないかも」との思いが湧いてきた。
この女性、隣席の出来事に全く気がついていない。恐らく、前に立つ人が突然倒れても気付かなかっただろう。目の前のスマホに全神経を集中させていて、外の変化を一切感じていないのだ。この女性に隣で演じられた「美しい出来事」を無視させたのは、彼女の、いやZ世代のモラルの欠如でなく、スマホなのだ。
スマホを持っていなければ彼女は優先席に座を占めることもなく、赤ちゃんマークに席を譲らないこともなかっただろう。諸悪(?)の根源はスマホなのだ。疲れてもなく、「この席を必要とする人」を優先させるモラルは十分あっても、スマホを手にしていたために「誰よりもこの席を必要としている人」になっていたのだ。それが彼女に誰はばかることなくこの席を占有させ、隣で何が起ころうと無視させたのだ。
シートのマークに「スマホを持つ人」はないが、車内放送は「この席を必要としている人にお譲り下さい」と伝えているから、「私も必要としている」という主張もダメとは言えない。でもやはり「どちらが必要としているか」が分かる人であって欲しいと思った、ある日の電車の優先席での10分ばかりの出来事。
(カナダ友好協会代表)
