コラム・エッセイ
No.11 ホタルとホタルブクロ
一喜一憂 藤屋侃士ゆううつと思えば、雨もむさくるしいが、妻は草木に生命をもたらす長雨に感謝しましょうと言う。そう言われてみれば草花はいっそう色濃(こ)く鮮明になって来る。
今年は、入院中でホタルを見に行く機会がなかった。もっとも、入院していなくても行ったかどうかわからない。暗い夜中をしかも細いあぜ道のような所を老人がトボトボ、おっかなビックリ歩いても、迷惑な話だ。
妻の実家はふしの川の側にあった。まだ私たちが幼少の頃から中学生ごろまでは、川で泳ぐのがあたり前だった。プールなんて洒落たものもなかった。6月中旬ごろからは、ホタルの乱舞を見に行っていた。
川岸の右側と左側でホタルが交互に光を競い合う。1匹も間違わずに、見事というしかない。ホタルの源平合戦と言って私たちは喜んでいた。
これは合戦ではなくオスがメスに呼びかけメスがオスに応える恋の交信である。この光の交信を源平合戦と呼んでいた。
成虫となったホタルの寿命は2週間たらずである。エサは食べず水を飲むだけだ。そのせいかどうかわからないが「こっちの水は甘いぞ」「あっちの水は苦いぞ」と歌いながらホタルを呼び寄せていた。
つかまえたホタルを両手に包むように持ち帰り、蚊帳(かや)の中で飛ばして遊んだりしていたのを思い出す。今の子どもたちは蚊帳も多分知らないだろう。妻は染めて夏は涼しいとスモック風の洋服にして着ている。
ゲンジボタルは6〜7月ごろ、ひと回り小さいヘイケボタルは7月ごろから姿を現す。
今、我が家ではホタルブクロが真っ盛りである。白と紫の2色が70〜80センチのたけにまで成長した。もともと野の花でホタルの出没する水辺に咲いていた。この花は下を向き咲く。私たちは袋の形をした蕾(つぼみ)をたたいて遊んでいた。その音からカッポ。カッポンの花と呼び上手に音が出ると名人と呼ばれていた。上手になろうと庭の花まで摘んでは叱られた。
私たちが子どものころは自然が遊び道具であったが、今はゲーム中心。孫とTV電話でアレクサと遊んでいた。孫はゲームをしながら私と話しをするので叱られていた。
今は叱られることや物も違ってきている。どちらがどうと言うのではないが、庭のホタルブクロの花にはホタルではなく、ハチが出入りしている。
