コラム・エッセイ
No.3 冬の恵み
一喜一憂 藤屋侃士《① なべ》
久しぶりに雪景色に出会った。朝起きてみると庭の木に雪が積もっていて、感慨深かった。そういえば、去年は雪を見なかったような気がして来た。記憶(きおく)が定かでなく、自信がない。
雪が降ること自体が私の中では、大きなニュースであった。雪の少ない地方に住む我々にとって、雪は季節に彩りを添える空からの贈り物。雪が1メートルも積もる地方の人々には申し訳ないが、庭全体真っ白に染まった世界に美しささえ感じる。
昔は、雪の白さに染まった世界を愛(め)で、その風情を楽しむ「雪見」があったり、「雪見酒」とか、「雪見障子」などあったなあと思い出す。今の若者たちは、そのような言葉を知らないだろうが、80代の老人にはなつかしい。
「雪見酒」とか「雪見障子」など、雪を楽しむための家屋の趣向は、洋風建築が主流になった今でも受け継がれているのだろうか。
そういえば、私の若い頃にはもっとひんぱんに雪が降っていたような気がする。
「雪見鍋」と言って、体の芯までポカポカと温まる冬の定番の鍋料理。見た目にもおいしそうな一品となる。しょう油味や味噌ベースで好みの具材を煮込み、雪に見立てた大根おろしをふんだんに入れるだけ。その他のことは女房にまかせているので、よく覚えていない。
大根に含まれるビタミンCや胃腸の働きを助けるジアスターゼは大根おろしにすることで効率よく摂取できると、冬は大根おろしをよく食べさせられた。
《② 春を待つ心》
私は冬も嫌いではない。寒さは嫌いだが。厳しい冬を耐え忍んだ野菜や枯れかけの葉や茎にぶらさがっているミニトマトにも力強くうまみがギュッとつまっているように感じる。
冬の中には春の種があり、凍てつく寒さの中にもやがて訪れる春という大きな恵みが待っている。木々や草花たちも、土の中で少しずつ温まって来る大地のぬくもりを感じながら、春という大きな恵みを待っているような気がしてくる。
デイサービスの庭の河津桜のつぼみも膨らんできて、ほのかにピンクに色づいて、もうすぐ春ですよと告げてくれている。
年齢を重ねるにつれ、春を心待ちにする思いが強くなる。寒さに敏感になっているせいもあるが、春が待ち遠しい。それよりも何よりも春という「花」を待ちわびている。冬の寒さの侘(わび)しさが次第に色とりどりの花に彩られていく。そのうつろいを目と鼻で感じる日を心待ちにしている。
♬春よ来い♬早く来い♬
春が待ち遠しい いちご
春が待ち遠しい パンジー
