コラム・エッセイ
No.12 煎り酒の魅力
一喜一憂 藤屋侃士何かにつけて、移り変わりの激しい世の中だが、江戸時代から変わらず同じ味を守り続けている店もある。
先日、東京の浅草橋にある創業文久2年(1862年)の佃煮屋「鮒佐」の佃煮の詰め合わせをいただいた。創業以来の味を守り続けているとのことだが、驚くほどしょっぱい、醤油(しょうゆ)味だった。醤油が高級品だった江戸時代は、さぞかし特別なものだったのだろう。
醤油が手軽に使える調味料になる前、室町時代から江戸時代の中期ごろにかけては、酒、梅干し、鰹節を合わせて煮つめた「煎り酒」と呼ばれる調味料が醤油のように使われていた。白身魚の刺身などに合う上品な調味料として、重宝されていたようだ。
戦国時代の話。長州藩の始祖と言われる毛利元就もこの「煎り酒」を食したという逸話が残っている。
当時、島根県益田市近辺を納めていた第19代当主益田藤兼は、毛利元就に攻め込まれて降伏した。戦国の世、敗戦した益田藤兼は、切腹や斬首になっても仕方ない状況だったが、毛利元就の息子、元春がこの事態を回避すべく、元就と藤兼の会談の機会を持った。
その会談の御膳は、藤兼が熟慮し、元就の好物の白身魚に「煎り酒」を添えたという。料理も功を奏して会談は成功し、益田家は毛利家に仕えるようになった。
この「煎り酒」、近所のスーパーの調味料売り場にはないようだが、高級スーパーがオリジナル品を作っていたりしていて、インターネットで取り寄せることもできる。
自宅で作るのも難しくない。酒2カップ、酸っぱい昔ながらの梅干し4個、鰹節ひとつかみ、だし昆布5センチぐらい。江戸時代は昆布を入れていなかったようだが、入れたほうがうま味は増すようだ。
作り方は、昆布を酒に一晩つけておき、昆布と酒を煮立てる。
煮立ったら、昆布を引き上げ、ちぎった梅干しを種も一緒に加え、鰹節も投入し、沸騰したら弱火にして、半分の量になるまで弱火で煮つめる。
火をとめて、そのまま冷まし、冷めたらざるにクッキングペーパーを敷いて濾(こ)してできあがりである。
塩分が多くないので、保存は冷蔵庫で。
「煎り酒」は、白身魚だけでなく、ホタテ貝、イカ、タコなどの刺身にもよく合う。
そうめんに、細切りのきゅうりとハム、薄く切ったトマトをのせて、煎り酒とオリーブオイルをかけて食べると、時代と国を越えた夏の味になって、とてもおいしい。
長州藩の毛利の殿様に思いを巡らせ、山口の銘酒で作った煎り酒で、下松のヒラメの薄造りを食べる、そんな時空を越えた旅を楽しんでもいいかもしれない。
佃煮屋「鮒佐」の包み紙
市販されている「煎り酒」
