2021年11月30日(火)

コラム・エッセイ

No.21(最終回) 感謝とともに

一喜一憂 藤屋侃士

大学時代の親友からの花

「一喜一憂」最終回

 本紙に「巡礼への道」「一喜一憂」を連載中の藤屋侃士さんが11月16日に亡くなりました。連載の終了にあたって、家族の方からの寄稿を掲載します。(編集部)

 「寛容とは、世界の文化の豊かな多様性、表現方法、人間としてのあり方を尊重し、受け入れ、感謝することです。」

 11月16日は、国際寛容の日。人々は分断ではなく団結すべきであるという考えに基づき、文化や信条の違いを祝い、寛容の精神が私たちにもたらすものに感謝する日である。ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の設立50周年を記念して、1995年11月16日に寛容の原則に関する宣言が採択され、国際寛容の日が設けられた。

 11月16日に藤屋侃士は81歳でこの世から旅立っていった。

 旅立ちの日。それが、私たち残された者へのメッセージだったのかもしれない。

 日刊新周南11月18日でもお悔やみの記事を掲載していただいたことに感謝したい。

 2006年4月から日刊新周南に「巡礼の道」の執筆を開始し、ライフワークとなった。書斎には第1号からすべての記事がファイルしてある。読み返してみると、妻が妻がとよく出てきて、何事においても夫婦が共にあったことが伝わってくる。

 2019年末の記事には、ラオスに行く!という抱負を書いたが、新型コロナウィルスの蔓延でかなわぬ夢となった。コロナ禍では、妻が長年にわたって手入れしてきた庭に咲く花々のことや旅先での思い出だったり、娘と共に下松市や周南市のなかにある話題を取材に出かけたり、孫娘が留学体験を一緒に書いたりと、原稿執筆は家族と共にあった。

 今年1月からは「一喜一憂」として月2回の連載となったが、5月27日の記事でお伝えした通り、入院してからは家族でエピソードを書きつないできた。12月末で連載は終了したいと、日刊新周南には伝えていたが、連載が励みになるのならば考えてほしい、との温かいことばをいただき、11月25日掲載予定の記事の受け渡し日も決まっていた。

 新型コロナウイルスの蔓延が落ち着き、10月中旬から週1回の面会も可能になり、限られた面会時間ではあるが家族との会話も楽しみ、亡くなる前日も妻や娘とことばを交わした。最期は妻の声が聞こえると心拍数が増え、家族には苦しみなど見せず、穏やかに息を引き取った。病室では最期の時間を家族で過ごすことができ、多くの病棟スタッフが見送りに来てくださった。病院のみなさまにも感謝したい。

 葬儀が終わるまで、一度も白い布を顔にかけることなく微笑んでいて、また目を覚ますのではないかという気持ちにさせられるほどだった。

 この季節の旅に出る時に着ていたベージュのジャケットを羽織って冬物の帽子を携え、夏用の帽子と自分の家族構成と同じ両親ゾウと小象3匹の模様の入った半袖シャツも持って、「巡礼の道」の記事のコピー、マザー・テレサのことばとともに、大好きだったカサブランカの花に囲まれて、笑顔で旅立っていった。

 一足早く出かけていったので、私たちが到着したときのために、取材を続けていることだろう。

 通夜と葬儀では、「巡礼の道」543号の記事と共に、本人を弔った。その記事の最後にあったマザー・テレサのことばを、みなさまへ感謝の気持ちとして伝えたい。

 わたしたちは

 愛するために

 そして

 愛されるために

 生まれてきたのです。

 マザー・テレサ

 長年にわたり、記事を読んでくださり、ありがとうございました。

 ホームページに「巡礼の道」「一喜一憂」を掲載しており、自由に閲覧できます。「ふじやかんじ 巡礼の道」で検索してください。

藤屋さん

書斎の押入の原稿ファイル

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