コラム・エッセイ
又々長月(二)
随想 季節の中で 西﨑博史(周南文化協会会長)赤蜻蛉が飛び始めました。山里から彼岸花が咲いたとの便りが届きます。20日は彼岸入り。23日の彼岸中日をはさんで26日の彼岸明けまでの1週間が秋のお彼岸です。「暑さ寒さも彼岸まで」。昔の人はよく口にしていました。畑仕事をしながら季節を実感していたのでしょう。
とどまればあたりにふゆる蜻蛉かな
中村汀女の代表句。この蜻蛉はアキアカネでしょう。昭和7年(1932)横浜市の本牧岬にある「三渓園」にて詠まれた三句の一つ。新涼の季節に一気に増えてきます。ふと足を止めて蜻蛉の飛び交うさまを見ている光景が浮かびます。
彼岸花は曼殊沙華とも呼びます。ヒガンバナ科の多年草。曼殊沙華は梵語の赤花の意味で『法華経』の中にある言葉。お寺の境内や墓地、土手などに多く生えます。名前のとおり秋の彼岸の頃に咲いて子どもの頃から印象深い花で、幼き日の思い出がよみがえります。
むらがりていよいよ寂しひがんばな
京大三高俳句会をたちあげて大正から昭和にかけて『ホトトギス』で活躍した日野草城の一句。清新軽快な句風で知られる俳人。戦後は病に臥す日々が多く、作品にも哀愁が漂います。彼岸花は西方浄土にもつながるように感じさせます。故人を偲び、我が行く末にも思いを馳せます。
秋冷を覚える季節に輝きを増す名月。芒の穂が風に揺れ、萩の花が咲きこぼれて虫の音にも秋の深まりを感じます。「月見る月はこの月の月」と詠まれるほど十五夜は、澄んだ美しい月として古くから観賞されてきました。
名月をとってくれろと泣く子かな
江戸後期の俳人、小林一茶のあまりにも有名な句です。空にかかる美しい月をとってくれ、あの月がほしいとだだをこねる幼子。晩年に家庭をもった一茶のやさしい眼差しを微笑ましく思います。
今年の十五夜は25日。各地で月見の宴が催されるでしょう。十六夜以降も月の出は一日ごとに50分くらいずつ遅くなります。立待月、居待月、臥待月、更待月と何とも豊かな表現で月を愛でる微妙な情趣に心奪われます。
月照れば遥かなひとをおもひけり
先の日野草城が若き日の恋人佐藤愛子に捧げた一句。彼女は昭和3年、27歳で旅立ちました。秋の月を見ると語りかけたくなります。不思議な魅力があります。月に自らを投影して物思う秋です。
