コラム・エッセイ
児玉神社改修
翠流▼城下町、徳山の中心に位置する児玉神社が遷座100周年の記念事業で社殿が修復され、境内が整備されて見違えるようになった。児玉神社のそばに児玉公園。東側には徳山小学校。西にはまだ新しい市役所庁舎。緑と文化のプロムナードを通って北へ向かうと美術博物館、文化会館、徳山動物園。南へ向かうと新幹線が停車する徳山駅があり、商店街が広がる。
▼もう少し視野を広げると東の丘陵には周南公立大学、徳山高専があり、南は周南コンビナートの工場群と開港100周年の徳山下松港、瀬戸内海、緑豊かな農山村が広がり、中国山地の山並みも近い。
▼10月22日に開かれた拓殖大学顧問の渡辺利夫さんの講演で、児玉源太郎がもし現代に生きていれば何をしただろうかという趣旨の質問があった。外交や軍事面での活躍を期待する人も多かろうが、台湾総督としての施策や徳山への「児玉文庫」の開設を見れば、やはり一番は教育の充実と産業振興ではなかったかと思う。
▼明治という時代、教育と産業振興は児玉だけでなく、政治家の最大の関心事。列強の侵略を跳ね返し、国民の暮らしを豊かにするために最も必要なことだ。その後の昭和の終戦に至る歴史からさかのぼって軍国主義の先駆けのように言われることも多い明治の政治家だが、目指した世界は現代の人が想像するよりもずっと明るく拓けたものではなかったかと思う。そしてそれは現在の周南市のような都市かもしれない。児玉神社がたくさんの人の集う場所になることを願いたい。
(延安弘行)
