コラム・エッセイ
「生誕100年宮崎進展」
翠流▼「生誕100年 宮崎進展―終わりなき旅」が周南市美術博物館で始まった。有田順一館長が、かるちゃあ通信花畠10月、11月号で宮崎と故郷、徳山とのつながりの強さや、入営前の宮崎の姿を紹介しているが、故郷の温もりとシベリア抑留の過酷な体験が見る人に力を与える作品制作のエネルギーになっていたことがわかる。
▼会期は12月28日まで。展覧会場のロビーを飾るのは「漂う鳥」。縦259.1センチ、横388センチの大作だ。画材のドンゴロス(麻布)は抑留時代にキャンバスにしたこともある。
▼今年は徳山下松港の開港100年、児玉神社遷座100年の節目。100年前、1922年は大正11年。18年1月に第一次世界大戦が終わり、20年に国際連盟が発足し、21年には軍縮を議題としたワシントン会議が開かれている。
▼周南地域は次々に大工場が進出して工業地帯として発展していた時期。その中で税関のある国際貿易港としての徳山港がスタートした。29年には画家の岸田劉生が滞在中の徳山で急逝する事件もあった。徳山は開港から14年後の35年に市制を施行する。宮崎はこの発展する徳山で少年時代を過ごす。
▼その後、時代は大きく動き、宮崎は日本美術学校を繰り上げ卒業して入営し、中国のソ連との国境近くで終戦を迎え、抑留される。帰国後も抑留時代の記憶を版画などにする一方で「旅芸人」シリーズで画家としての地位を確立する。その後、命の輝きを見る人に印象づける「シベリア」シリーズが生まれる。宮崎の100年は日本の100年でもある。
(延安弘行)
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