コラム・エッセイ
阪神・淡路大震災から30年
翠流▼淡路大震災の発生から30年になった。1995年1月17日早朝、淡路島の実家に帰省中だった。寝ていた家屋は後日、半壊と診断された。ゆれがもう少し大きければ、亡くなった6,434人の中に入っていたかもしれない。
▼日本では絶後の大災害と思ったが、2011年3月11日に東日本大震災が発生。阪神・淡路大震災を大きく上回る被害となった。その後も、大地震は各地で起こり、昨年1月に発生した能登半島地震は復旧もまだ遠いと言われている。
▼阪神・淡路大震災後、防災、減災対策や発生時の対応も大きく前進はした。しかし、30年以内に80%の確率で南海トラフ巨大地震が発生すると言われる状況ではまだまだ足りそうにない。
▼周南3市でも、市や企業で防災訓練が繰り返されている。ただ、市民が参加する市の総合防災訓練では、初動の確認や防災に対する啓発活動に力点が置かれている。
▼避難所の開設手順やハザードマップも災害別に作られている。ただ、この避難所は一時的なもの。多くの住民が長期間、避難しなければならなくなった場合を想定した訓練はどうなっているのだろうか。例えば、大地震によって周南市内で1万人が1カ月以上、自宅を離れなければならなくなった時、車中泊やテント泊ができるのだろうか。
▼どこから、どんな支援があるのか、被災者はどう行動すべきか。机上でもよいから、より大きな被害を想定した訓練があってもいい。
(延安弘行)
