コラム・エッセイ
平和への想いの継承
翠流▼「平和への想いの継承が大切」。終戦から80年の今年、この言葉を何度も聞いた。周南3市でも80年にちなんだ展覧会や講演会が開かれた。
▼特攻兵器「回天」の訓練基地は周南市の大津島と、光市の光海軍工廠内に光基地、平生町に平生基地、大分県に大神基地の4カ所があった。
▼このうち、平生基地の跡には阿多田交流館があり、8日から9月21日(日)まで、特別展「平生基地から出撃した若者たち~今、平和について考える」が開かれている。
▼平生基地は1944年4月に開校した大竹潜水学校の柳井分校内に45年3月1日に開隊された。同基地では訓練中に3人が亡くなり、5人が出撃して戦死し、終戦後間もなく1人が自決した。特別展ではこの9人の遺影が展示され、経歴が紹介されている。特殊潜航艇「蛟龍」、「海龍」の搭乗員の訓練も同じ基地内であった。戦争が長引けば犠牲者はもっと増えたことだろう。
▼なぜ、開戦を避けることや、被害が大きくなる前に止めることができなかったのか。戦前・戦中と戦後の大きな違いに、戦後の憲法で参政権が拡大されたことがある。選挙権は終戦まで25歳以上の男性だけだった。特攻に参加した将兵の多くが25歳以下だった。
▼戦後の新憲法で年齢が20歳に下がり、女性が参政権を得た。今、有権者は18歳以上。国政の方向性も自分たちで決められる。投票することが平和への想いの表明につながる。
(延安弘行)
