コラム・エッセイ
機関車だけでなく
翠流▼リニューアル事業が進行中の周南市の徳山動物園で蒸気機関車D51を展示している機関車広場完成式典があった。機関車のそばには、防府市出身の自由律俳人、種田山頭火(1882-1940)の「新しい法衣いっぱいの陽があたゝかい」、その友人で平生町出身だが徳山に移住した久保白船(1884-1941)の「踞(うずくま)ればふきのとう」の句碑がある。
▼隣には㈱トクヤマの前身の日本曹達工業などを創設し、工業都市、徳山の礎を築いた実業家、岩井勝次郎(1863-1935)の頌徳碑が建てられている。近くの駐車場には幕末の国学者、歴史家の飯田忠彦(1799-1860)の1913年建立の碑が園内から移されている。
▼岩井勝次郎の碑は1937年、白船の碑は亡くなった翌年の1942年に当時の徳山公園に建てられた。句は白船が亡くなって半年後、白船の師、荻原井泉水が、徳山を訪れて選んだ。
▼漂泊の俳人、山頭火は白船宅に何度も立ち寄った。山頭火の碑は1991年に徳山文化協会が建てた。この句は1933年に白船居を訪れた際、清子夫人が準備していた新しい法衣に着替えた喜びをうたった句という。
▼まだ数年先だが、リニューアル工事はいずれ完成する。そのあと、徳山動物園はどの方向に進むのか。今回の機関車広場の完成をスタートとして、市文化会館や市美術博物館を含め、徳山の歴史を伝え、大人も訪れる史跡公園ゾーンとして整備してほしい。
(延安弘行)
