コラム・エッセイ
No.9 9月18日 車椅子、自転車の受領者宅を訪問 懇親会で「乾杯」30回以上!
ベトナムは今 コロナ禍を乗り越えて(9月16〜20日) 記者・IMAYA理事 山上 達也ベトナム中部の10万人の都市、ドンホイでIMAYA会員の浄財や徳山東ロータリークラブなどからの寄付金で車椅子20台、通学用自転車20台を寄付する式典は無事終わったが、次は車椅子や通学用自転車を贈った家庭に我々が直接訪問する「ホームビジット」がある。3年前まではフエでも続けていた取り組みだが、今回のドンホイでも初めて実行することにした。
1軒目の車椅子をもらった女性の自宅は、湖のほとりにある農家。狭い道沿いに建っているが、道はアスファルトかコンクリートできちんと舗装されていた。
女性は足が不自由だが「車椅子をいただけて本当にうれしい。私はきょうの日を生涯、忘れることはない」と大喜びだった。
2軒目の通学用自転車を受け取った少年の家はドンホイの郊外にあった。彼は小学6年生。真新しい自転車を一目見ようと、彼の友だちがたくさん集まっていた。
彼は「自転車があれば、家の手伝いも勉強もこれまで以上にできる。家族のために時間を大切に使える」とはにかみながら喜びの笑顔を見せた。
さらにもう一軒は、自宅のミシンで縫製の仕事をしている足が不自由な女性の自宅だ。彼女は「これで私は自由に動ける。私の足がよみがえった」と我々に握手を求めてくるほどの喜びようだった。
3軒とも、森政潤子さんがフエに来てくれたベトナムの知人から受け取った現地の果物をお裾わけしたが、こちらも大変喜ばれた。
このあとはこの日の宿の「ムオンタン・ラグジュアリー・ニャット・ル・ホテル」にチェックイン。5つ星ホテルで、白砂と青空が広がる南シナ海に面した美しい海岸沿いに建つ14階建てだ。
夜はドンホイ市の障害者支援センターの幹部との懇談会が、市内を流れるニャットレ川の水上レストランで開かれた。ありとあらゆる海の魚や川の魚が、色んな調理法でふんだんに出てきた。ベトナム国産の大衆ビール「フーダ」もたくさんある。
同センターのマイ・スアン・チュー所長(70)が歓迎のあいさつをし、岩本理事長がお礼を述べた。グエン・スアン・ヒエン副所長(68)の「モッ、ハイ、バー、ヨー」の音頭で乾杯をした。モッ、ハイ、バーとは日本語で「1、2、3」の意味で「ヨー」は「さあ!」というかけ声の様なものらしい。
宴が盛り上がると陽気なヒエン副所長は、我々一人一人にビールを勧めながら、その都度乾杯の音頭をとって席を回り始めた。このひんぱんな「乾杯」だけが、唯一の「歓談」に発展していった。
筆者も隣り合わせたチュー所長と英語で少しだけ話せた。統一前の北ベトナムの最南端だったドンホイはベトナム戦争で激戦地だったこと、しかし戦災者への支援や補償が不十分な時代が続き、IMAYAのような支援は本当にありがたく、平和を愛する日本人の温かさを感じると感謝していた。
約2時間で「乾杯」は30回以上になった。こんな経験は筆者の人生でも初めてだ。
車椅子に乗る女性
自転車に喜ぶ少年たち
懇親会で乾杯するヒエン副所長(中央)
