コラム・エッセイ
「食が危ない」
おじさんも頑張る!~山の話あれこれ~ 吉安輝修9月の声を聞き、猛暑やほぼ酷暑日の暑さのピークも超えたようで多少は過ごしやすくなった。体も悲鳴を上げていたが何とか今夏をやり過ごせそうだ。
それにしても多少お湿り程度はあったが8月に入ってからひと月以上もまともに雨が降らず、炎天下で熱せられた畑の表面はカラカラ状態が続いた。週間天気予報を眺めながら恵の雨を期待するも翌日には傘マークが消え、ことごとく裏切られた。
さすがの雑草も高温と水不足で再生の勢いが悪く背丈も伸びない。好都合でもあるが、その分ますますきすく(固く)なり草刈り機の馬力もいる。
放牧している牛達にとっても平坦地の好みの柔らかい草を食い尽くし、しかたなく歩きにくい傾斜地で踏ん張り今まで見向きもしなかった苦み、エグミのありそうな草も食べだした。
一方でひとたび降れば千葉県はじめ北陸や九州いや全国で災害級の大雨となり被害も甚大だ。観測史上初めて、統計を取り始めて以来…などは常套句となってしまい危機というより諦め半分で聞いている。
世界に目を転ずればヨーロッパでは熱波で1000人を超す死者が出たというし、川が干上がりマンモスの化石が見つかったというニュースにも驚いたが、ネパールの氷河の崩壊による大土石流は想像もできないまるで映画の世界だ。
これらは温暖化による気候変動が原因とも言われる。温室効果ガスの排出量を減らせと叫ばれてきたものの世界の足並みは揃わず、一向に減る気配はなく増え続けるばかりだ。
山暮らしでエネルギー自給率は高いと自負はするもののトラクターや潅水ポンプ、草刈りもエンジン全開となれば温暖化の片棒を担いでいることに多少の責任を感じる。
先日、東北や北海道で農業を営む友人と電話で話す機会があった。半世紀も前の学生時代からの親交で、年に何度か季節の産物を送り合い、届く度に瞬時に青春時代に戻り時を忘れて近況を語り合うのが恒例だ。
山形の庄内平野で主に稲作を経営の柱にしている中堅農家のI君は、異常気象続きで年々先が読みづらくなっても、何とか品種や管理を工夫して収穫時期を迎えたが、今年の米価は昨年の6割程度。餅米に至っては半値以下になるという。
これでは資機材高騰の現状下では経費倒れになりもうやってられない…と。北海道の道東で大規模畑作農家のG君は、今年は極端な雨不足と高温で早い時期にジャガイモが枯れてしまい、収量が期待できないという。
さらにアメリカからのジャガイモの輸入圧力に危機感を募らせ、周辺では希望を持てずに離農者も増えているという。それなら農地を集約してさらに規模拡大したらと問うと。それに見合う大型農機は何千万円単位で人手も限界だという。
米など食の根幹をなす作物の自給が危ぶまれる。本紙9月6日付けの翠流で「この国の食の未来をみんなで考えたい」と延安記者が結んでいるが、ひとたび歯車が嚙み合わなくなれば先のナフサショックや令和の米騒動どころではない大混乱が起こることは明白だ。
