一言進言

地方創生は職員の意識改革から

~まずは優れた指導者を招け~

「まち・ひと・しごと創生法」がスタートして、全国の地方自治体が「地方創生」を掛け声に、さまざまに取り組んできた。県内でも周南3市を含め各市でそれぞれに試みている。まだ途中だが成果はどうなのだろうか。ここは経済学者がいる徳山大学あたりがもっと研究をしてほしいところだが、全国的に注目された話は聞かない。防府市は商工会議所と組んで、市内の企業を紹介する雑誌を作って高校生に配った。
全国的にそうであるように、単年度もしくは数年だけのバラまき的施策が圧倒的に多い。使うコンサルタントが一定して、補助金が引っ張りやすい事業に集中するから、金太郎飴のようなメニューが並ぶ。人口定住施策は補助金が目玉。将来自立できる技術を指導できる人材もいないから、補助金が縁の切れ目になる可能性が極めて高い。
周南市の須金では、次々と若者がブドウ園を開いて、極めて高い品質のブドウを生産している。収益率も改善し、年収も一般サラリーマンを超えるほどにもなった。だから夢を持てるし、意欲も盛んになる。
これは地方自治体の努力の結果ではない。優秀な若者が帰郷、土中水分の影響など研究を重ねた結果だ。糖分が高い、高品質のブドウを生産し、リピーターを獲得、わずか数年で軌道に乗せた。ここにヒントがあるのではないか。移住促進で多額な税金を使っている。一人移住させるのに500万円、1,000万円はざらだ。しかし、全国で志を捨てて出て行く若者も多い。
営農支援にも優れた指導者が必要だ。地場企業発展もそうだし、地方自治体がすべきことは、優秀なコーディネーターを募ることだ。周南地域地場産業振興センター開設の折、地元出身の優れた人を呼び寄せようと提案したが、報酬が市役所OBを前提に予算化されていて駄目だった。地域起こし隊員として、全国の自治体が若者を募集しているが、成功例は少ない。
それよりも、若い市職員に一定期間、中山間地域を担当させ、しっかり汗をかいてもらい、現実社会を知ってもらう方が得策だろう。優秀な指導者を招くか、若い職員を鍛えるか。地方自治体の課題は明白だ。周南3市で2,000人以上の公務員が働いている。みんなが本気で地域のために何ができるか考え、行動すれば、地域の展望は大きく膨らむ。
光市では若手職員を地域の活動に参加させる仕組みが始まって3年になった。下松市でも、周南市も、もっと若手職員のボランティア活動を奨励すべきだろう。勤務評価に取り入れるぐらいして、いかに市民とともに活動しているかが職員の資質として大事かをアピールすべきだろう。今でも結構、地域活動に参加する人もいるが、あまりにも評価が低い。
イクボス宣言もいいが、全職員ボランティア宣言はどうだろう。職員の意識を変えることが首長最大の仕事だ。地方創生の鍵は公務員の意識改革にかかっている。その議論がないまま、補助金のバラまきで何とかしようとしているのが、地方自治体の実態だ。ニャンとかしてほしいものだ。(中島 進)

逃げることしかできない災害対策

~急げ情報伝達を!~
幼子を抱き締め、濁流にのまれた妊婦のニュースを見るとやるせない。なぜ早く逃げなかったのか。なぜ早く避難させなかったのか。東日本大震災、熊本地震など、近年の自然界の暴れようは異様だ。全国至るところで猛威をふるっている。いずれも観測史上最高、想定外などの文字が飛び交う。気象庁は「過去経験したことがない雨量」という表現も使いだした。
多くの学者が、世界で起きている異常な豪雨などは、地球温暖化による海水温度上昇が原因と言っている。40度近い気温は当たり前になった。昔は熱中症などの言葉はなかった。
数日前、大分県日田市で仕事をしている身内から動画が送られてきた。川がはんらんする瞬間の映像だった。あっという間に街中に濁流が流れ込む画面に、思わず早く逃げなさい!と叫んでいた。一度の豪雨で穏やかな街の風景は一変した。こんなことは初めて、とお年寄りのインタビューが流れる。「観測史上初めて」「想定外」は子どもたちも覚えてしまった。
金もうけに走り続けた人間への痛烈なしっぺ返しのような今日の自然災害だが、人間たちは反省する気配は全くない。トランプ米大統領はいとも簡単に温暖化対策を定めたパリ協定から撤退。経済最優先の政治は国民に一番受けている。少々政治家、政府が変なことをしても経済さえ良ければすべて良しの流れは変わらない。山を削り、海を埋め立て、排気ガスを出し続け、生産増だけに邁進してきた人間の営みに、地球も悲鳴を上げているのかもしれない。
どだい大自然の力に人間が勝とうと言うのがおこがましい。いくら堤防を高くしても、河川をコンクリートで覆っても、耐震化を進めても、想定外は必ず起きることをこの間随分体験した。とにかく逃げることしか究極の対策はない。より安全な場所を求めて避難することが最後の選択かも知れない。そのためには情報の伝達をしっかりすることだ。
熊本地震の際、愛媛県あたりで地震と流した周南市の緊急通報。6年越しに始まった工事も設計管理ミスで遅延する防災行政無線工事。周辺自治体に恥ずかしいほどの危機管理しかできない周南市に不安を覚えるのは私1人だけなのか。これまで大きな災害を経験していないから、市民も危機感なんかない。多くの被災地がそうであるように、何百年に一度の災害のためには何もできないのが現実だ。しかし、情報が伝達されるようにすることはすぐにでもできる。人間は猫のような動物的勘はない。ニャンともしがたい。(中島 進)

聞く耳を持った権力者に

~唯我独尊の危険に気づけ!~
読売新聞までが安倍一強の弊害を厳しく指摘した。どんな賢人が語っても耳を貸さない政治家も、選挙の結果は痛烈に響くようだ。今回の東京都議会議員選挙、もう少し耳が痛い話にも耳を傾け、謙虚な心を持っていたら結果は違ったろう。敵か味方かだけで判断しないで、国家に有益かどうか、さまざまな意見を聞く場面を持たないと、国民の声を吸い上げられない。
地方自治体でも首長は最高権力者だ。どうしても唯我独尊に陥る危険性を秘めている。本人が気配りできるか、気配りできる側近を常に置いておかないと長くその席に座れない。県知事で言えば平井龍さんが典型的だった。5期20年務めたが、態度もおうようで、「天皇」と陰口を叩く人も多かったが、周りを気配りできる人で固め、実に巧みな配慮で農協の親分など、周囲に実力者をしっかり抱えていた。
それでもその傲慢さに嫌気がさす人も多くなり、最後の選挙では松岡満寿男さんの挑戦を受け、僅差まで追い込まれた。自民党挙げて守り、組織を総動員したが、党内で故藤井真県議会議員ただ1人が松岡さんの応援の先頭に立ち、物議をかもした。しかし、その信念が多くの県議の心を打ち、若くして副議長に選ばれた。選挙は負けたが、戦いには勝ったと言われたものだ。
小新聞の経営に携わって40年近くになった。この間、多くの政治家、経済人の生き方を見てきた。政治家の成功とは何か。首長、議員を長くやることか。地域にどんな功績が残せたか。語り継がれる人は少ない。6月に亡くなった吹田愰さんはミニ角栄と言われたが、それだけ地域に影響力を持っていた。何人かの秘書は今、政治家として活躍している。㈱トクヤマの某専務など民間にも信奉者が多かった。独特の魅力を持った人物だった。
周南地区の歴代市長もさまざまだ。議員になるともっと顕著だ。多くの人の記憶に残る人は少ない。首長1人では大したことはできない。行政マンを意のままに動かせた人が功績を残してきた。小川亮さんは旧徳山市に見事なコミュニティー組織を作り上げた。高村坂彦さんはバイパスや街中の新幹線駅など、今日の基礎を作った。これも皆、行政マンをその気にさせ、本気で仕事をさせたからだ。
木村周南市長へのお願いは、駅ビルや新庁舎ではなく、市民の心に留まる施策を考え、若く優秀な行政マンたちを本気で取り組ませることだ。それは「しゅうニャン市」ではない。民衆駅としてオープンした駅ビルも、40年後には廃虚と化した。港を大改造して後世に残る地域にすることも合併特例債を使ってできたかもしれない。小川さんの意志を継いで、徳山駅西地区再開発ができたかもしれない。何百億円の特例債を使ったのだろう。(中島 進)

耳障りな意見に耳を

~頑なな木村市政に一言~

「安倍一強」は人を変えたようだ。菅官房長官は冷静沈着で、全体をよく読み取る参謀にぴったりの人物像だった。瞬間湯沸かし器のような安倍総理と組んで、見事な女房役かと思っていたら、最近それを上回る激昂ぶりがたまに見える。
長く最高権力を握ると変わるもんだ。敵とみなすと、人格攻撃でも何でもする。実に見苦しくなった。与党国会議員の不祥事も後を絶たないが、敵だけでなく、人格を疑われる自陣の人たちをどう評価するのか。官房長官ほどの立場の人は冷静さが必要だ。
とかく権力の中にいると勘違いする。周南市防災無線工事の一件は残念だった。設計ミスが見つかり、再構築が決まったが、木村市長はあくまで調査の問題であり、工期には支障ないと強気の答弁を展開していた。まるでいちゃもんをつける側がおかしいという態度だった。実際どうにもならなくなり、工期も延長し、7,000万円をはるかに超える費用も必要となった。副市長とともに減給ですませたが、担当者への対応は軽微な処置で議会を通過させた。そこには、なぜこんなずさんなことになったかを検証する姿勢はなかった。
駅ビルなどはもっとひどかった。基本構想では25億円としていた整備費が35億円近くまで膨れ上がり、解体費や内装などを含めると55億円にも到達する勢いだ。しかしこれにも無頓着だ。
なぜこんなことになったか、経緯を含め反省する姿勢はみじんもない。行政マンをかばうのはいいが、すべて税金だ。仕方ないですむなら計画案などいらない。ずさんなプラン建てはなぜなのか。図書館の指定管理者となるカルチュア・コンビニエンス・クラブの要望は降ってわいたのか。
認めてきた議会もわからない。6月議会で増額の積算根拠の資料が出されたが、大綱質疑として委員会でというやりとりの中で、発言の取り消しを余儀なくされた兼重元議長。「しゅうニャン市」予算で「対案がないのに反対するのは無責任だ」と発言、取り消した坂本心次議員など木村市政を擁護する議員のレベルも低すぎる。市民は必死で働いて納税している。その痛みをわかるなら、こんな簡単に税金の使い方をスルーさせることはないはずだ。
防災無線工事は、島津元市長敗退の原因の一つにもなった重要案件だった。高飛車に問題なんかないと言い切った木村市長の政治責任は重い。指導力をどこで発揮しているのか、もう一度初心に返って検証してほしいところだ。市長歴6年。そろそろ耳障りな意見に謙虚に耳を傾ける姿勢を出すべき時だ。周南市にとって何が今重要課題なのか、もう一度整理整頓して、スローガン遊びではない、実質的な施策の研究をしてみようではないか。共に。(中島 進)

全国に優れイノベーター多し

~ユーモア通じない「しゅうニャン市」にがっかり~
フォーブス6月号で「日本を元気にする88人」イノベーターの特集をしていた。全国地方自治体の苦悩と、それを課題化し、解決していこうという取り組みが各地で展開されている。ユニークさを競うだけでない、住民を奮起させたり、全国に注目され、移住者を増やす活動であったり、新しい産業を生み出す仕掛けなどさまざまな成果をあげている。そこには常に前向きな地方自治体職員がいて、地域を愛する優秀なイノベーターがいる。はっきりしているのは箱物行政はその場面では登場しないことだ。
最近では、別府市の長野市長が注目されている。「住民一丸型」市長で有名だ。公金を1円も使わず「湯~園地」を作ろうと企画。温泉でタオルを巻いた市民が湯をかぶりながらジェットコースターに興じている動画はネットでたちまち大評判になった。100万回を超えたら本物を作ると公言、実際たった3日で100万回突破した。クラウドファンディングで寄付金を募集すると、あっという間に3,400万円も集まった。
まだまだいる。鹿児島県長島町に出向した総務省出身の井上貴至さんは、町特産の養殖ブリにちなんで「ぶり奨学プログラム」を考えた。町出身の学生が10年以内に戻ると奨学金の元金を補てんする仕組みだ。ブリ1匹が売れると1円寄付をしてもらうなど、資金づくりも工夫した。福井県鯖江市は「市民主役条例」を制定、市民を参加させながら実効性のあるアイデアを取り入れる取り組みが興味を持たせる。
周南市は徳山駅と新庁舎でおよそ200億円の投資をしたが、そこに市民の姿はない。形はデザイン会議など市民も参加したことになっているが、実質的にはゼロに等しい。ほとんどが行政が決めたことを発表しただけだ。「しゅうニャン市」プロジェクトも最初は市民が一部参加していたが、結局、行政主導になってしまった。
徳山駅の南北自由通路のサイネージ広告に我が社も参加している。劇画チックに記者たちが登場。菊川でヌートリアを発見したり、「えっ!しゅうニャン市になるんだって!」と驚く場面を使ったが、木村市長からクレームがついて却下された。もともとギャグ的発想で作られた「しゅうニャン市」だから、ギャグ的な表現をと作った広告だ。JRの担当者も、なんでこれが却下されるんでしょうと不思議がっていた。何でも批判的な印象を与えるそうだ。
批判も多いと書いたが、賛成も多いとも書いた。そんな「日刊新周南」のコマーシャルは批判的だと断定する神経は解せない。ギャグ的な発想で始めたキャンペーンを、ギャグ的に表現しただけで、そこに批判的な意図は皆目なかった。堅物市長らしく、ユーモアの範囲は限定的なようだ。別府市のPR動画はギャグ的だから受けた。そんな堅いことを言うぐらいなら、周南市のキャンペーンに中途半端なギャグを使わねばいい。市民参加型にはほど遠い感覚だ。主役は市民であるべきだ。ニャンとも悲しい。(中島 進)

空き家対策はリノベーションから

~福川も室積も可能性あり~
全国で空き家対策が悩みの種だ。周南地区でも中山間地域はもちろん、周南市新南陽地区の福川や光市の室積など市街地周辺でも深刻だ。先日、福川を歩いたが、メーン道路から1本入ると、ほとんど生活のにおいがしない。明らかに空き家とわかる建物だらけだ。福川駅周辺は地の利がすこぶるいい。国道2号に近く、駅前は県道が走り、防府方面でも、車で徳山の中心市街地にも15分か20分足らずで行ける。電車も利用できる。
先日、NHKの番組で、全国で注目されている大島芳彦さんというリノベーションで有名な建築家が取り上げられていた。リノベーションはもともとの性能以上に新しい価値をつけて再生させること。古いアパートを周辺住民を巻き込みながら再生し、地域の拠点のようなスペースにしてしまうとか、市営住宅を改造、結婚式場にも使える場所に変身させたりと、実に見事だ。大阪府のある市では、エリア全体を委託され、緻密な計画に盛り上がっていた。
身近にも日本を代表するリノベーションの専門家がいる。全国に展開している「R不動産」の創始者、藤井建之さんは周南市出身で、まだ若い。「R不動産」は家主と借り主をつなぐだけでなく、設計士と工務店とグラフィックデザイナーなどを融合させ、エリアの光景を変える活動を始め、全国で多くの成功例を上げている。
もうかるからと周南地区にもマンションが乱立している。一方で空き家だらけの地域も増えている。マンションとマンションの間に空き家が点在する光景は醜い。そこには人の暮らしや働いている人の汗を感じることはない。例えば周南市二番町のイタリアレストラン「カカ」は古民家をリノベーションして開店、周りの空気を変えた。
広島県尾道市などは空き家対策をリノベーション集団に委託した。あっという間に百数十件の物件が登録された。築後120年の民家を素敵なシェアオフィスに生まれ変わらせたり、坂道だらけの不便さを逆手に取った使い方もうまい。成功例は数えきれないほどある。ただし、そこには熱い想いを持った、優れたプロデューサーがいる。周南市にも「カカ」や「日下医院」などを手掛けた人たちがいる。活躍の場は無限にある。
木村周南市長はクリエイターを集めると宣言している。地元にもいる。また藤井さんのような人もいる。まずは空き家対策をそうしたクリエイターたちに全面的に委託したらどうか。職員2、3人分の給料をつぎ込めば、地域は大変身すること請け合いだ。職員だけでは、久米の開通した道路のように、街並みもエリア分けも無茶苦茶な、残念な結果になる。クリエイターの使い方を考えるべきだ。(中島 進)

「活性化」は刺激から

~「しゅうニャン市」アンケート結果から見えた~
市民は地域の「活性化」を求めている。何とも漠然とした感覚だが、何を根拠に活性化と言っているのだろうか。一番は商店が増えることだ。目に見える現象を求めている。それが外部資本の店だろうが、とにかく店舗ができ、人が集まる状況を「活性化」したと思うのだ。多くが外部資本で地元にお金が落ちる仕組みが少ないにしても、多くの市民はにぎやかさを「活性化」の象徴にする。
若者、子どもの姿が多いと「活性化」していると感じるのだ。子どもが多いと可能性を感じることができる。光、周南市は人口が減っているが、下松市だけは人口が増え続けている。市内の小中学校は大半が満杯状態で、校舎を増築しても子どもの増加に追いつかない。昭和40年代を彷彿させる現象だ。子どもが多いと、自然とそこに若者が増える。
周南市は寂しくなったと言う人が多い。旧徳山市の商店街の衰退が一番の象徴だ。過去の栄光を知る人がまだ多いから元気がなくなったと感じている。市を「しゅうニャン市」と呼ぶことで賛否が分かれた。先月、我が社が実施したアンケートで、30代、40代の人たちは賛成が多かった。50代を過ぎると極端に反対が多い。なかなか面白い結果が出た。賛成と答えた人の多くが、一言書き加えていたのも興味深い。
「もっと発信してほしい」「もっと元気を出してほしい」賛成派の切なる願いが伝わってくる。商店街が寂れ、うっ積した気持ちが賛成派に現れる。反対派は「もっとまじめに考えて」など歴史を大切にする郷土愛を感じさせる。現役世代は「しゅうニャン市」だろうがなんだろうが地域を元気にする仕掛けがほしいのだ。箱物行政しか目に入らないから「しゅうニャン市」を新鮮と感じたのだろう。
パンの店などを集めた徳山あちこちマルシェは、平日なのに大きな関心を呼んだ。刺激を求めている市民の多さに驚いた人も多かった。やり方に少し問題があったが、道の駅も刺激的だった。櫛浜から久米までを結んだ市道の開通も、民間が勝手に刺激的な店を作っている。刺激があれば人は集まり、わくわくする。刺激の先にもうひと工夫ほしかったが「しゅうニャン市」も意味は違うが面白かった。
「活性化」を感じさせる努力を常に怠らない行政を求めている。イノベーション、リノベーションをいつも意識することだ。40年以上も前、旧徳山市は全国に先駆けて、住民課の窓口を日曜日に開いた。工場労働者が多い町だから休日しか窓口に来れない人のためだ。市民にとって刺激的な行政だ。保育園の延長保育を始めたのも随分早かった。刺激的な所に人は注目する。刺激的な新聞づくりも同じだ。(中島 進)

お年寄り詐欺を防げ

まだまだ施策的に可能だ。
お年寄りの詐欺被害が止まらない。あれだけ広報をしているのに止まらない。いかに多くの高齢者が相談相手もなく孤独なのかがわかる。金融機関の窓口で食い止める場面も多くなった。警察の発表では、1人暮らしなのか、子どもがいるのか、近所の関係などはわからない。高齢者の実態がわからないのに対策も考えられない。被害が全国に広がる今、統計的な資料を共有すべきだろう。
被害が後を絶たないことが不思議でならない。ニュースを見ないのか、新聞を読まないのか、周りの人との接触が全くないのか。以前、オレオレ詐欺が流行していたころ、高齢者向けの広報ばかりしているのに、異論を唱えた。親元を離れた子どもたちが1日1度でも、1週間に1度でも親に電話1本かけていれば、被害は相当少なくなると主張した。子どもへのキャンペーンも並行してするべきだと。
ここ周南でも三世代同居が壊滅的になくなり、自治会、コミュニティーが希薄になっている。誰一人相談相手がいない状況が被害を誘発する。過度な個人情報保護の空気がまん延し、個人情報だからと、高齢者の家庭に無関心になっていった。自治会の連絡網も個人情報の名のもとに抹消された。隣近所の付き合いができなくなり、ますます独居老人の孤独は先鋭化している。
プライバシーを守れと言うマスコミ挙げての大キャンペーンは功を奏してきたが、弊害は語られることがない。孤独なお年寄りの情報を、隣近所で共有しようと言えば、必ず誰か「それは個人情報では?」と意義を唱える人が現れる。それから先、話は続かない。確かに圧倒的にダイレクトメールの類は激減した。我が家は電話帳に載せているから勧誘電話はかかってくる。うっとうしい話だ。
昭和30年代、40年代ころの濃密な地方自治の時代に戻ることはないだろう。ただ、1世帯でもいいから、3世代同居、もしくは近くに家族が住んでいる状態を今まで以上に目指すことが肝要だろう。Uターンする若者を優遇する施策を考えるとか、3世代同居家庭への助成を増やすとか、やり方はまだまだあるはずだ。子育てを祖父母が担う家庭には、保育園並みの援助をすることも可能だ。
周南地区も今のうちだ。人手不足で悩む企業が続出している間に、Uターンなどの施策を重点的に取り組むことが10年、20年先の地域の将来に大きな意味を持つ。3世代同居家庭の割合もつかんでいるのだろうか。実態調査も早急に3市ですべきだろう。お年寄りの被害をこれ以上増やさないためにも。(中島 進)

山口県の維新はおじさん社会からの脱却だ

~島耕作の二の舞にならないように~
来年は明治維新150年。山口県など維新ゆかりの地でさまざまな企画が計画されている。維新に結びつけた人物の掘り起こし、記録発掘など、歴史に興味ある人たちには魅力だろう。山口県は吉田松陰はじめ多くの人物を輩出しているだけに仕掛け方も多様だ。萩は世界遺産に登録され、ますます観光客誘致に有利な状況だ。しかし、果たして思惑通り集客できるか。
維新と言えば、高杉晋作ら志士、初代内閣総理大臣、伊藤博文らの“長州ファイブ”など男性が主役な物語だ。女性にとってはどうだろうか。男たちが中心で革命的な事象を創り出した。NHKの大河ドラマ「花燃ゆ」が期待したほどヒットしなかったのも、時代は男性のものだったからではなかったか。歴史好き女子、歴女も多くなったが、まだまだだ。歴史をテーマにした売り方は難しい。
以前、山口県は株式会社山口県代表取締役社長として島耕作をぶち上げたが、思うように広がらなかった。漫画のヒーローだが、多くの女性を踏み台にして出世した男性の物語だ。女性の視点は考えずに採用した感が強い。ほとんどがおじさんたちが集まって決めたようだ。おじさんには受けた。しかし全国的に注目されることはなかった。
維新150年も同じ過ちを繰り返す恐れもある。おじさんたちだけで、ああだこうだと論議しても、所せん男目線だ。当時は西洋文化が一気に入り込み、日本文化と奇妙な調和をもたらした。それはファッションや生活様式など、さまざまな所で開花した。当時の華やかさや文化を切り口にするのも面白いだろう。女性が主役のプロジェクトチームを作るのも策だろう。男性だけのロマンを追いかける企画では女性客はつかみにくい。センスのいい女性プロデューサーの登用も必要だろう。
山口県は男社会のイメージが強い。現に、自民党の県議会議員で女性は1人だ。意識的にも女性のセンスを取り入れた観光施策を展開しないと、集客は増えないだろう。食べに行くのも、観に行くのも決めるのは女性たちだ。おじさんたちはそれについていくだけだ。そうでない人もいるだろうが、男たちは胸に手を当てて思い出すがよい。山口県の維新は、おじさん社会からの脱却からだ。(中島 進)

「万機公論に決すべし」

~地方紙の役割を果たせ~
万機公論に決すべし。「日刊新周南」の前身「徳山公論」発刊は、1946年9月7日だった。私自身、徳山に帰郷して1985年4月1日に日刊新周南を創刊するまでの2年間「徳山公論」を発行していた。当時多くのローカル紙があって、報道と言うより、主義主張を言うだけのための新聞も多かった。ゆすりたかり的な輩もいた。後に中国新聞に行ったが、F君というライターを広島から連れ帰って、どんな地方紙なら地域に役立つか、試行錯誤の繰り返しだった。あれから30数年を経て、定期的に発行を続けているのは、周南地域では光市の「瀬戸内タイムス」と「日刊新周南」だけになった。
茨城県つくば市の地域紙「常陽新聞」が3月31日に休刊した。地域の細かい話題も豊富で、行政の足りない所を指摘する新聞だったが、経営を維持できなくなった。惜しむ声も大きいが、地域に関心を持たない人が急激に増え、持続できなかった。そこそこの体制で発行してきた地域紙がどんどん休刊に追い込まれている。
インターネット上の情報がはんらんして、大きな全国ニュースはタダで手に入る。情報を得るのにお金を払わなくなった。地域の情報は地に足の着いた記者たちの取材でしか入らない。地方自治、政治にも関心を持たなくなった。各選挙の投票率の急激な低下はまさに危機的だ。文化活動、政治活動、地域おこし活動、どんな人がどんな活動をしているか、地方紙を見ないと情報は入らない。最近では行政マンもそんなことに関心を持たなくなった。目の前の与えられた仕事だけを無難にこなす。
かくして「地方創生」は言葉が一人歩きし、中身を伴わない空疎な活動になりつつある。地方紙の衰退は地方の衰退と正比例する。しかし、まだ希望は持っている。地域のために汗を流す人々は少なくない。そうした人たちと共に歩み。市民には行政のあり方、地方政治とのかかわり方などを知らせる記事を臆することなく提供し続けることが肝要だろう。
4月6日は「新聞をヨム日」だそうだ。私たちは読みたくなる新聞を作らなければならない。生活に役立つ情報、元気になれる情報。地域のためになる情報。やりたいことはまだたくさんある。5月15日には公論時代から数えて1万8,000号になる。戦後焼け跡の中で産声を上げた地方紙が、ここまで続けてこられたのも多くの読者の支えがあってこそだ。先達の熱い想いを再度かみしめて「万機公論に決すべし」と言い続けよう。権力に屈することなく。(中島 進)