一言進言

運転手はもういらない

~IT、AIに席巻される世の中に~

以前、周南市が電子決済を進めると言うので猛反対したことがあった。役所は印鑑社会だ。1枚の書類に、係長、課長、次長、部長と印鑑を集めるのが職員の仕事だった。それをパソコンの画面上ですべてすまそうと言う。実に効率的で、合理的な方法だと言われた。確かにそうだ。早いし、無駄がなくなる。だが、私は猛反対した。
今、周南市は千数百人の大所帯。異動も頻繁にされ、部下と上司、同僚などとの関係が希薄になった。確かに印鑑書類は非合理的だが、そうでもしないと、部下の顔色を見て健康状態や、精神状態を察することもできない。書類以上のことが聞けない。パソコンの画面上のやり取りだけでことを進める怖さは、想像するに、人間性を捨てるようなものだ。
先輩経営者が最近、AI(人工知能)に関する本を十数冊読んだと話していた。これからの世の中がどう変化するのか、今までの常識を覆すような時代の到来も意外に近いかもしれないと予測する。AIでの自動運転の車が初めて人間を死亡させたと聞いた。公道での実験でだ。ある会社は、面接でAIを使っているらしい。採用かどうかの判断を人工知能にまかせるそうだ。チェスも人工知能が世界一だ。
ITで世界が急速に変わった。アメリカの大統領選挙は膨大な個人情報が勝負を左右するようになった。一体この先、どんな世界になるのか。手塚治虫が描いた未来は、はや現実になった。ホテルの受付もロボットがやる時代、どこまで人間は疎外されていくのか。自動運転の車が一般的になるのも数年後かも知れない。
科学の進化は人々を幸せにするためと信じていたら、一部企業の金もうけのためだったと気づいたのは学生時代だった。学生運動の原点はそこだった。金持ちは昔ながらの材料で食事し、貧乏人は添加物だらけの廉価な食料しか食べられなかった。これからの時代はそれがもっと激しくなりそうだ。あらゆる分野で人工知能が使われるだろう。自動運転が最たるものだ。世界中から運転手と言う職業が奪われる。対面式の販売から、ネット販売に移行したのも、わずか数年だ。10年そこそこで多くの公衆電話が消滅した。
時代の流れと言ってしまえばそれまでだが、これからの若者たちが心配だ。IT、AIがらみの一部企業が世界を席巻、ほとんどの凡人は右往左往するような世界にならねばいい。今の若者たちはネット社会に翻弄され、化け物のようなものに支配されつつある。
規制せよとの声も出始めたが、金もうけの渦の中では勝てはしまい。新聞など読まなくても生活はできる。ネットで調べればすむと思っている。情報の正しさが問題でなくなった。せめてネット上でちゃんとした新聞を、本を、読んでほしいものだ。感性を磨いてほしいものだ。
面接官の感性すら信用しない時代だが、人間の見る目や、聞く耳を大切にしてほしいものだ。新聞を発行し続けることも難しい時代だが、こういう時代だからこそ、新聞は必要になる。(中島 進)

下松市議選も高齢化

~人材育成に取り組もう~
9回裏2死からの逆転ホームランのように選挙戦になった。人口5万7千人超の下松市で、直前まで市議会議員選挙の無投票が確実視されていた。地方自治への関心が薄くなってはきているが、これほど低調なのも珍しい。4年前もぎりぎりで定数を超える候補者が出現、無投票が避けられた。市民の間から定数を減らせの声が上がるのも無理はない。
なぜ議員になろうとする人が少ないのか。報酬が安く、生活するのが困難だとの声もある。市政が安定していて、論争するテーマがないともいわれるが、論点はいくらでもある。道路行政も一部に偏っていてまだ不十分だし、子育て環境も十分とは言えない。議会が行政の監視役としての役割をしっかり果たしているか。あまりにも与党的になってはいないか。
今回の候補者で一番若いのが47歳だ。せめて30歳台が1人、2人いてもおかしくない。若者がこれほど地方に関心を持てない時代なのか。青年会議所や商工会議所青年部など、地域に関わる活動をしている若者は少なくない。郷土愛もまだまだ廃れていない。ここは一度、行政と議会が一緒に、若者への政治参加をどうしたら増やすことができるか、真剣に考える時だろう。県議会議員も含めてだ。
市議会議員は団体や地域、企業を背景に持つ人が多い。しかし、世代を代表している側面もある。若い世代を背負う議員が1人もいないのは不幸だ。若者対策を年寄りたちが議論しても、良い結果が出るとは思えない。下松市だけの問題ではない。投票率の低下など、地方の危機的側面でもある。新聞など読まないとか、ネット社会になって、地域に目を向けない。足元の事柄に無関心な若者の対策は急務だ。
ひと昔前は各地に青年団があって、地域のことを勉強し、活動して若者が政治家になった。河村和登元周南市長や故藤井真県議など、地方を担った青年団出身者が多かった。選管による青年法政大学という勉強会もあった。
青年団が姿を消したのはいつだったか。コミュニティー組織はできたが、若者が少なくなって育てる環境がなくなった。官民あげて若者を育てる組織ができないものか。人材育成は地方の根幹を作る。(中島 進)

効果抜群なのか?

「しゅうニャン市」キャンペーン継続
若手芸人たちは名前を売るために何でもする。熱湯に飛び込むし、危険もいとわない。必死だ。多少売れても次々に新人が出る。勝ち残る芸人は一握りだ。それなりの芸を持ってないと生き残れない。鍛えられた芸がいる。
特産品もそうだ。全国に数100万種類はある。その中でブランド化され、恒常的に人気のある商品は数少ない。近くでは宮島のもみじまんじゅう、大分の鶏の空揚げ、博多の辛子明太子など、工夫を重ね、永年培った味と信用は1、2年でできるものではない。ちょっとしたことで有名になってもすぐ忘れられる。
「しゅうニャン市」キャンペーンにまた予算がついた。結局、市職員の人件費も加算すると、7千万円か8千万円か、いや、もっとかもしれない。少し認知度が上がったそうだ。実にうれしいことだ。周南市に住んで良かった。全国に名前が知られ、子どもたちも胸を張って生きていける。鹿児島に行っても、北海道に行っても、周南市から来ましたと言えば、「えーっ!あのしゅうニャン市からですか」と言ってもらえる。
3年間限定ではすぐ忘れられる。どうせなら恒久的にキャンペーンを続けていけばいい。全国の市町村があの手この手で知名度をアップさせる競争をしている。ゆるキャラ競争も激しい。カーリングで北見市は一躍有名になり、特産品も飛ぶように売れているそうだ。
「しゅうニャン市」キャンペーンは、ふるさと納税を増やすのが目的の一つらしい。ならば、もっと徹底的にお金をかければよい。そんなに効果的な事業ならだ。思いつきならとんでもないことだ。
シティープロモーションという実態がわからない言葉が一人歩きしている。市名をブランド化するのか、市の何を売るためのプロモーションなのか。市職員は皆、理解しているのか。予算を難なく通した市議会議員の皆さんは当然よく理解してのことだろう。1億円近いお金を費やす企画がいかにも簡単に通過した。きっと見合った効果を良しと考えているのだろう。立派な議員の皆さんが、まさか税金の無駄遣いなど許可するわけはない。
先日、徳山駅のホームで小学生の女の子が看板を見て、「あっ!しゅうにゃんしだ!」と指差して笑っていた。父親らしき人は、まぁという顔をして、急いで子どもの手を引いて去って行った。ある転勤族の証券マンが、真顔で「周南市はしゅうにゃんしと読むんですか」と聞いてきた。確かに効果はある。もう一度市職員に聞こう。「周南市の誇れるものは何ですか」。(中島 進)

劣化した大人たち

~児玉源太郎ならどう言うか~
近ごろの政治の劣化を子どもたちはどう感じているのだろうか。大の大人たちが都合の悪いことは隠し、隠した人が出世して、ばれても悪びれる風でもない。製造業でも、流れるニュースは大人たちが深々と頭を下げ、隠していてごめんと言っている。指導する立場の偉い人たちが、自分を守るために平気でうそをつく。そんな大人たちを子どもはどう見るのだろうか。
立法府と行政府が一体になってうそを作る。教科書には、日本は三権分立の民主国家だと書いてある。あれはうそなのか。うそを教えているのか。国を守る大人たちが、集団でうそをつく。それでもいいじゃないかと、大人たちは平気な顔だ。国会議員や官僚たちが教壇に立つなら、何を子どもたちに教えるのだろうか。しっかり勉強して、立派な大人になるんだよと、言って聞かせるのだろうか。
大人たちが劣化している。立場を守るために政治家も企業人も何か欠けてきた。考えの違いはあって当然だし、対立を躊躇(ちゅうちょ)することはない。しかし、ごまかしはいけない。東大出の超エリートたちが記憶にないとうそぶく。担当したノンキャリアの職員を自殺にまで追い詰めても、知らないと言う。国を守る気概や、良い国を作りたいという思いなど、微塵(みじん)も感じられない。しかも厚労省、その前は文科省、防衛省などあらゆる省庁で不祥事が続出している。
超エリート集団と言われる官僚たちの姑息な振る舞いに貧しい心根を感じて、ある種、可哀そうになってくる。劣化した政治家たちの言動に振りまわされ、プライドもかなぐり捨てたのだろうか。劣化の代表作がカジノ法案だ。安倍総理は日本の伝統と文化を守ると宣言、教育基本法まで改正した。和食が世界遺産に認定されるなど、生活習慣を含め日本文化が世界に誇れるものと期待した。しかし、カジノで人を集めることに躍起になっている国会議員たちを見ると愕然(がくぜん)とする。国を挙げてカジノ建設に走る国家に将来像は見えない。
なぜこんな国になったのだろうか。立派な大人になぜなれない。児玉源太郎顕彰会の西崎博史さんから3月2日の日経新聞のコピーが送られてきた。「児玉源太郎に学ぶ」と題したコラム「大機小機」だ。児玉が唱えた「立憲主義の立場から~」など三つの事柄について書かれ、実に先見性と、見識の高さを的確にとらえていて素晴らしかった。
詳細は後日にするが、山県有朋らの権力の恣意(しい)的な拡張に反対し、天皇に上奏する前に閣議でのしっかりした議論をと訴えたとある。チェック機能、抑止力を持とうとした。軍部の独走を止めた児玉だからできたことだ。もし、児玉源太郎が生きて、今の国家運営を見ていたら、なんと言うだろうか。( 中島 進)

民への委託を進めよ

~職員減に本気に取り組め~

観光協会は、周南市では民営化されて周南観光コンベンション協会に、光、下松市は観光協会として公営で運営されている。周南市は春に開かれてきた花☆ワインまんま市場を今年からやめることにした。その前には昔から市が開いていたのんた祭をやめた。民営化したからできた決断だ。
周南観光コンベンション協会は観光案内所の運営に補助金は受けるが、土産品を売ったり、回天関係の商品を開発して、その販売利益などで運営している。花☆ワインものんた祭も設営費などの補助金は出ていたが、ほとんどボランティアによるもので、人件費をお金に換算すると莫大な額で成り立っていた。
周南市にはコンベンション協会が今までの観光課の事業を担っているので、再三、担当職員を減らしてくださいと進言してきた。しかし従来のまま、高給取りの職員を配置している。1人平均700万円の市職員に対し、同じ事業をするコンベンション協会への補助金はそれ以下だ。収益をあげることで数人の職員を抱え、あれだけの事業を展開している。最近は旅行業の資格を取り、免税店の許可も受けた。
新駅ビルはできたが、協会は中に入ることもできず。運営を委託されたカルチュア・コンビニエンス・クラブは駅ビル内に土産物屋まで開店するという。市民が力を合わせてお金を集めて民営化し、まちのポートという周南地区の土産品を扱う店まで作ったのにだ。平和の島プロジェクトを立ち上げ、回天グッズを開発、県内各地を回り、販売拠点を作ってきたのも、みんなボランティアだ。活動しているのは、周南地区のそれなりの会社経営者たちで、学校の先生もいる。
補助金を使い過ぎだと言う勘違い議員もいる。そのためにも市議会では市の職員を減らし、これだけ経費を減額したから、決して補助金は多額ではなく、むしろ大幅に経費が減ったと答弁してほしかった。昨年秋、新たに駅南と街中を結ぶ「周南みなとまつり
ミナトのミーツ」を始めた。みなみ銀座の地酒横丁も大盛況だった。そこに市職員の関与は皆無に近かった。ボランティア活動の協会メンバーに拍手だ。
周南市には、市が作ったふるさと振興財団がある。文化会館前にふるさと産品を扱うこあを運営して特産品開発などしていたが、昨年で店を閉じ、コミュニティー推進に力を入れている。完全な官営組織だ。役所がすべきこととの線引きがわからない。民間組織の強いところは、自分たちがしたいことをするから熱気が違う。地域を元気にしたい思いだけが支えだ。
行政がしていることで、民間に委託すればより効果的で、市民も喜ぶことはいっぱいある。行政改革は遅々として進まない。一番は職員数を極力減らすことだ。100万円の広告を集めるのに、数百万円の人件費を使っていないか。徹底的に業務の見直しをすれば、職員減員はまだまだ可能だ。スポーツ振興もしかりだ。コンベンション協会を見本にする覚悟が行政に求められている。(中島 進)

若者流出は大きな課題だ

~学ぶところをどう増やせるか?~


ひと昔前、田舎の自治体は「雇用を増やす」がスローガンだった。一般の人は「田舎に帰っても仕事がない」が言い草だった。首長がハローワークと一緒に企業を訪ねて雇用を増やして下さいと頼んでいると聞いた。訪問された企業の社長は、ずーっと求人を出しているが人が来ないんです、と訴えたそうだ。有効求人倍率が1.5ていどもあるなど、雇用を増やす以前に、人手不足で経営がおかしくなるところが増えている。
ここ、周南地区は、全国の地方都市と同様、若者の流出が顕著だ。周南市は毎年千人も人口が減少している。若者は1度出てしまうとなかなか帰ってこない。特に女性の流出が激しい。なぜか、将来のために学びたい学校が少ないからだ。
今度、下松市に歯科衛生士の専門学校が進出する。若者を引き留めるのに役立つに違いない。特に女性が学ぶ場所の誕生は、最近では朗報だ。公立高校の統廃合が進んでいる。それに対して3市の取り組みは何もない。今こそ県に、統廃合受け入れの条件として、若者が地元に定着できる学科新設を訴えるべきだろう。市川光市長が提案したが、いま一つ県の動きがない。
最近、夜のコンビニエンスストアや居酒屋で顕著なのが、アジア系の留学生のアルバイトだ。留学生たちが、日本の若者に変わって活躍している。いずれ本国に帰る若者たちだ。居酒屋もそうだ。片言のベトナムからの留学生。ネパールからの留学生などで何とか経営を続けている。日本の若者が急激に減少している証拠だ。
高齢化が急速に進む地方都市の大きな課題は、看護師や介護士不足への対応だ。地域に学ぶところも少ないのに、どう他地区から若者を集めるか。立派な施設をどれだけ作っても、若者がいないことには宝の持ち腐れだ。
公民館もお年寄りのたまり場になっていないか。若者たちに利用してもらえる工夫をしているか。今こそ、若者定住をキーワードに、考えられるあらゆるメニューを考える時だ。
公立高校の入学試験が始まる。応募が多いのは圧倒的に資格が取得できる学科だ。普通科は軒並み定員ぎりぎりか、定員割れだ。なぜ大人たちは若者たちの要求に応えないのか。地元で学び、地元で働ける環境を作ることがどれだけ若者を救い、地域を救えるのか、明白な答えがあるのにだ。
大人たちに聞こう。周南地区に住んでいるが、農業の勉強はどこでできるんですか。調理師の勉強をしたいけどどうすればいいですか。美容師になりたいけど……ちゃんと答えられる大人はいるのか。(中島 進)

新駅ビルオープンでどう変わる?

~商店街の復活なるか~
周南冬のツリーまつりでもそうだが、周南市の徳山地区の底力はまだまだ大したものだ。どこから湧いてくるかと思えるほど人が集まる。イベントなどがあれば、徳山駅がそのパワーの源であることは間違いない。周南地区の交通の拠点だ。しかし、この集まった何万もの人を商店街としてうまく集客に利用できているかと言えば疑問だ。最近は多くなっている飲食店を除けば、どれだけ店の前に人が流れていても、午後7時前にはシャッターが下りる。格別、商店街としてセールするわけでもない。
街中で革手袋を売っている店を尋ねられたが、思い当たらなかった。男性用靴もわからない。本来、商店街は横に連なる百貨店だ。歯が抜けたように必要な商品が欠けているのが今の徳山商店街だ。ネット販売が急増して、ますます物販は大変な時代だ。もう従来のような商店街は望めない。では、どんな商店街なら生き残れるのか。
中心市街地ににぎわいを、と新駅ビルがオープンした。連日多くの人が集まっている。一方で、老舗の鳳鳴館書店が消えた。PH通りのドーナツ屋も見えなくなった。駅ビルが中心市街地に人を流すための施設だけに、これからが注目される。単に駅ビルに人が集まるだけでは、事業的には失敗だ。100万人集まろうが、200万人集まろうが、スターバックスがもうかるだけでは全く意味がない。
動物園が良い例だ。何億円かけて改修しても地域への経済効果はほとんどない。年間35万人とか、人が集まる。ぐるりんバスで街中とつなぐ計画だが、ぐるりんバスは大失敗してきた。田舎では子連れでバスを利用する家族はごくわずかだ。車なしの家族を見かけたことがない。土、日中心の施設で、周辺に食べ物屋が張り付かない。動物園内に周辺からの情報発信装置がない。
さて、駅ビルから街中へどう誘導するか。街中にも良い店はたくさんある。センスのいい子ども服店もあれば、メンズエステもある。もちろんそば屋も、おいしい唐揚げ屋もある。老舗の洋食屋もある。それでも街に人は流れなくなった。パンマルシェなどイベントがあれば人は集まる。しかし、他地域から出店したパン屋はもうかっても、地元の商店街にいかほどお金が落ちているのか。検証作業がない。
ある専門家は、個々の店が力をつけるかどうかが肝要で、イベントで人を集めても売り上げ増につながらない、と語る。仕入れに素晴らしいセンスを発揮する店主、どこにも負けない味を守る店。もう一度食べたい味の商品を持つ店。顧客管理を徹底してできる店。そんな店主が10人そろえば商店街ができる。行列ができる商店街になると言う。
節分の日、銀南街で巻きずしを買った。60年以上続く老舗だ。やっぱりうまい。客も切れることがない。ふむふむ、そうだ。この店を駅ビルに来た人たちに伝える方法は?(中島 進)

クラブ松本の灯りが消えた

~時の流れのように~
「3社参り」「5社参り」。35年前、こんな会話が旧徳山の夜の街で使われていた。当時、クラブが5店もあった。わずか人口11万人の街で、クラブが5店は全国でも珍しかった。飲食店の数も人口1人当たりでは全国屈指を誇っていた。スナックのキープ棚には、高級ブランデーがずらりと並び、高級すし店に客が途切れることがなかった。バブルがはじけるまで、徳山の夜の街は不夜城のようだった。
企業の接待交際費は底なしの感があった。官官接待も公然とあり、建設省(現国土交通省)の役人などは公然と接待されていた。三菱銀行支店長だったH氏が音頭を取って、東京に「ふくの会」が結成された。周南地区に勤務した企業幹部たちが、徳山は良かったと、100人近く集まった。
私も数回参加したが、転勤先で周南地区は一番楽しかったと異口同音に語っていた。食べ物も格別おいしいし、夜の街はどこも活気にあふれていたのが大きな要素だ。ゴルフをするにも近場に多数あって、気軽にプレーできた。何しろ転勤時、新幹線ホームに女性たちがずらりと並んで見送ったものだ。
あれから35年。当時を象徴する最後のクラブが灯りを消した。今年になってクラブ松本がクラブ部門を止めた。当時は最高級のクラブとして大企業の社長たちは必ずと言って良いほど集まっていた。中庭の見事なしだれ桜は、高級クラブとしての存在感を見せつけていた。時代の流れと言えばそれまでだが、地域の活力が衰退しているのを肌で感じる。
松本智子ママと閉店後初めて話をした。相変わらずの存在感で、ほっとした。中庭を挟んだモディリアニの方で営業は継続するそうだ。華やかな夜の社交場で、男たちはどんな世界を作っていたのか。商談がまとまる契機になっただろう。友を作る場所になったろう。さまざまなドラマが作られただろう。
徳山最後のクラブは、多くの男たちの情熱を抱え込んで、灯りを消した。(中島 進)

今こそ県政を語れ!

~高校統廃合に物申せ!~
県政と県民の距離は人によって大きく違う。許認可など仕事で関係する人以外、一般の人は、県庁は存在感がない。ひと昔前はパスポートを取るのに県庁に行っていたが、最近は県庁を訪れることもない。ましてや、行政の府として県がどんなことをしているのか知る由もない。そこで、県議会議員が重要な役割を担う。
県道、学校施設、警察関係、国民健康保険なども県の管轄になった。医療関係も許認可など県が大きく絡む。原発計画は国策だが、地元の合意形成は不可欠で、県の意向は重い。野犬対策も県保健所の管轄で、県政が大きく影響している。それらを県民に説明するのが県会議員の役目だが、どんな発言をし、どれほどその役目を果たしているのだろうか。
新周南は周南3市の県議の代表質問、一般質問を取り上げ、どんな問題意識を持っているか紹介している。県議の報酬など使われる税金は各市の市長より多い。周南3市に9人の県議がいる。報酬の多寡で論じる気持ちはないが、地域を担う政治家として、どこまで県政に影響力を持ち得ているか、判断材料が乏しいのは事実だ。例えば、周南地区の高校が統廃合される問題で、どんな関わりを持っているのか、注目したい。
県は生徒数が少なくなるから、高校をなくすと宣言している。現実に近く光丘高は光高と再編統合される。華陵、南陽工も検討対象だ。地域にどんな高校が必要か、どうしたらいいか論議する人も、論議の場面もない。高校教育がいかにあるべきか、県会議員たちの責任は重い。もちろん一番は知事だ。
県知事選の真っ最中だが、一向に盛り上がらない。新人候補は、国政がらみの話が中心で、身近な高校統廃合への提言はほとんど聞かない。現職候補は企業誘致の成果を訴えるが、若者流出の歯止め策に大きな声を出さない。人手不足で、県内の中小企業は悲鳴を上げている。毎月500人以上、減少しているのが山口県だ。
山口県は森林を守ると、県民等しく1人月500円を徴収している。知っている人は少ない。森は守られているのか、猿やイノシシ被害はどうなのか。県政はかくも遠い存在なのだ。周南市には県の総合庁舎がある。以前は県職員も、我が社に顔を出して交流もあったが、最近は全くと言っていいほど関係がなくなった。周南地域の情報を集める気もないのがよくわかる。
幸い、周南地区は港湾関係で県と関係が深い。逆に県に頭が上がらないところもある。しかし市民は別だ。身近に県職員はいないが、県議は市長より身近なはずだ。もっと質問し、要望を出していくといい。県庁と市民との距離感を縮める工夫がより大切だ。知事選挙を機会に、県政を見直す作業が必要だ。そのためにも、とりあえず投票に行こう。(中島 進)

明治維新150年、どう取り組む?

~若者たちが勇気を持てる活動に~
今年は明治維新150年。山口県は盛り上がるだろう。萩や下関方面は特に盛り上がるだろう。史跡や逸話も多いから当然だ。多くの若者が国のあり方を語り、決起し、殺し殺された歴史を刻んできた。外国とのかかわり方が大きなテーマだった。250年も続いた徳川幕府の消滅は想像できない変化だったろう。
歴史はあくまで歴史だ。ある作家は、吉田松陰などはテロリストだったと書く。勝った方は美化されるが、敗者は悪者にされる。会津藩士が明治政府の高官になって書いたものでは、長州藩は野蛮な集団だったとある。戦いで敗れた会津藩士の亡骸を葬ることさえ許さず、放置していたそうだ。農民を組織して兵隊にしていたから、武士道などあるわけなかった。
ともかく、ここ周南地区では維新150年がピンとこない。観光に利用しようにも、これと言った有名な人もいない。しかし、毛利藩内部では佐幕派、勤皇派の争いはし烈で、多くの犠牲者が出た。県は維新150年を観光に使おうと必死だ。材料が乏しい周南地区はどうするか。
まずは市民に地域の大変革の歴史を伝えることだ。行政の仕組みが大きく変わったこと、武士がいなくなってどう生活が変化したか検証すること。世の中の大変化に先人たちはどう対応したのか知ることが、今日の私たちのヒントになるかもしれない。多くの逸材を輩出した背景を探ることも重要だろう。
歴史ものは関心がある人と、そうでない人の差が激しい。歴女が増えたと言うが、少数派だ。子どもたちに維新を伝えるのはさらに難解だ。高杉晋作や坂本竜馬などを通じて維新は語られる。ここ周南地区も維新で大きく動いたことを、わかりやすく明快に解説して見せたいものだ。この地でも、志を持った若者たちが、物を言い、行動していたことが重要だ。
当時日本を動かす中心にいたのは、多くの20代の若者だった。どこにそんなパワーがあったのか。歴史を知ることで、子どもたちに勇気と熱情を感じてもらえるかもしれない。維新150年を、観光ではなく、地域の若者たちへのメッセージづくりとして取り組むのも意味がある。(中島 進)

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