一言進言

「活性化」は刺激から

~「しゅうニャン市」アンケート結果から見えた~
市民は地域の「活性化」を求めている。何とも漠然とした感覚だが、何を根拠に活性化と言っているのだろうか。一番は商店が増えることだ。目に見える現象を求めている。それが外部資本の店だろうが、とにかく店舗ができ、人が集まる状況を「活性化」したと思うのだ。多くが外部資本で地元にお金が落ちる仕組みが少ないにしても、多くの市民はにぎやかさを「活性化」の象徴にする。
若者、子どもの姿が多いと「活性化」していると感じるのだ。子どもが多いと可能性を感じることができる。光、周南市は人口が減っているが、下松市だけは人口が増え続けている。市内の小中学校は大半が満杯状態で、校舎を増築しても子どもの増加に追いつかない。昭和40年代を彷彿させる現象だ。子どもが多いと、自然とそこに若者が増える。
周南市は寂しくなったと言う人が多い。旧徳山市の商店街の衰退が一番の象徴だ。過去の栄光を知る人がまだ多いから元気がなくなったと感じている。市を「しゅうニャン市」と呼ぶことで賛否が分かれた。先月、我が社が実施したアンケートで、30代、40代の人たちは賛成が多かった。50代を過ぎると極端に反対が多い。なかなか面白い結果が出た。賛成と答えた人の多くが、一言書き加えていたのも興味深い。
「もっと発信してほしい」「もっと元気を出してほしい」賛成派の切なる願いが伝わってくる。商店街が寂れ、うっ積した気持ちが賛成派に現れる。反対派は「もっとまじめに考えて」など歴史を大切にする郷土愛を感じさせる。現役世代は「しゅうニャン市」だろうがなんだろうが地域を元気にする仕掛けがほしいのだ。箱物行政しか目に入らないから「しゅうニャン市」を新鮮と感じたのだろう。
パンの店などを集めた徳山あちこちマルシェは、平日なのに大きな関心を呼んだ。刺激を求めている市民の多さに驚いた人も多かった。やり方に少し問題があったが、道の駅も刺激的だった。櫛浜から久米までを結んだ市道の開通も、民間が勝手に刺激的な店を作っている。刺激があれば人は集まり、わくわくする。刺激の先にもうひと工夫ほしかったが「しゅうニャン市」も意味は違うが面白かった。
「活性化」を感じさせる努力を常に怠らない行政を求めている。イノベーション、リノベーションをいつも意識することだ。40年以上も前、旧徳山市は全国に先駆けて、住民課の窓口を日曜日に開いた。工場労働者が多い町だから休日しか窓口に来れない人のためだ。市民にとって刺激的な行政だ。保育園の延長保育を始めたのも随分早かった。刺激的な所に人は注目する。刺激的な新聞づくりも同じだ。(中島 進)

お年寄り詐欺を防げ

まだまだ施策的に可能だ。
お年寄りの詐欺被害が止まらない。あれだけ広報をしているのに止まらない。いかに多くの高齢者が相談相手もなく孤独なのかがわかる。金融機関の窓口で食い止める場面も多くなった。警察の発表では、1人暮らしなのか、子どもがいるのか、近所の関係などはわからない。高齢者の実態がわからないのに対策も考えられない。被害が全国に広がる今、統計的な資料を共有すべきだろう。
被害が後を絶たないことが不思議でならない。ニュースを見ないのか、新聞を読まないのか、周りの人との接触が全くないのか。以前、オレオレ詐欺が流行していたころ、高齢者向けの広報ばかりしているのに、異論を唱えた。親元を離れた子どもたちが1日1度でも、1週間に1度でも親に電話1本かけていれば、被害は相当少なくなると主張した。子どもへのキャンペーンも並行してするべきだと。
ここ周南でも三世代同居が壊滅的になくなり、自治会、コミュニティーが希薄になっている。誰一人相談相手がいない状況が被害を誘発する。過度な個人情報保護の空気がまん延し、個人情報だからと、高齢者の家庭に無関心になっていった。自治会の連絡網も個人情報の名のもとに抹消された。隣近所の付き合いができなくなり、ますます独居老人の孤独は先鋭化している。
プライバシーを守れと言うマスコミ挙げての大キャンペーンは功を奏してきたが、弊害は語られることがない。孤独なお年寄りの情報を、隣近所で共有しようと言えば、必ず誰か「それは個人情報では?」と意義を唱える人が現れる。それから先、話は続かない。確かに圧倒的にダイレクトメールの類は激減した。我が家は電話帳に載せているから勧誘電話はかかってくる。うっとうしい話だ。
昭和30年代、40年代ころの濃密な地方自治の時代に戻ることはないだろう。ただ、1世帯でもいいから、3世代同居、もしくは近くに家族が住んでいる状態を今まで以上に目指すことが肝要だろう。Uターンする若者を優遇する施策を考えるとか、3世代同居家庭への助成を増やすとか、やり方はまだまだあるはずだ。子育てを祖父母が担う家庭には、保育園並みの援助をすることも可能だ。
周南地区も今のうちだ。人手不足で悩む企業が続出している間に、Uターンなどの施策を重点的に取り組むことが10年、20年先の地域の将来に大きな意味を持つ。3世代同居家庭の割合もつかんでいるのだろうか。実態調査も早急に3市ですべきだろう。お年寄りの被害をこれ以上増やさないためにも。(中島 進)

山口県の維新はおじさん社会からの脱却だ

~島耕作の二の舞にならないように~
来年は明治維新150年。山口県など維新ゆかりの地でさまざまな企画が計画されている。維新に結びつけた人物の掘り起こし、記録発掘など、歴史に興味ある人たちには魅力だろう。山口県は吉田松陰はじめ多くの人物を輩出しているだけに仕掛け方も多様だ。萩は世界遺産に登録され、ますます観光客誘致に有利な状況だ。しかし、果たして思惑通り集客できるか。
維新と言えば、高杉晋作ら志士、初代内閣総理大臣、伊藤博文らの“長州ファイブ”など男性が主役な物語だ。女性にとってはどうだろうか。男たちが中心で革命的な事象を創り出した。NHKの大河ドラマ「花燃ゆ」が期待したほどヒットしなかったのも、時代は男性のものだったからではなかったか。歴史好き女子、歴女も多くなったが、まだまだだ。歴史をテーマにした売り方は難しい。
以前、山口県は株式会社山口県代表取締役社長として島耕作をぶち上げたが、思うように広がらなかった。漫画のヒーローだが、多くの女性を踏み台にして出世した男性の物語だ。女性の視点は考えずに採用した感が強い。ほとんどがおじさんたちが集まって決めたようだ。おじさんには受けた。しかし全国的に注目されることはなかった。
維新150年も同じ過ちを繰り返す恐れもある。おじさんたちだけで、ああだこうだと論議しても、所せん男目線だ。当時は西洋文化が一気に入り込み、日本文化と奇妙な調和をもたらした。それはファッションや生活様式など、さまざまな所で開花した。当時の華やかさや文化を切り口にするのも面白いだろう。女性が主役のプロジェクトチームを作るのも策だろう。男性だけのロマンを追いかける企画では女性客はつかみにくい。センスのいい女性プロデューサーの登用も必要だろう。
山口県は男社会のイメージが強い。現に、自民党の県議会議員で女性は1人だ。意識的にも女性のセンスを取り入れた観光施策を展開しないと、集客は増えないだろう。食べに行くのも、観に行くのも決めるのは女性たちだ。おじさんたちはそれについていくだけだ。そうでない人もいるだろうが、男たちは胸に手を当てて思い出すがよい。山口県の維新は、おじさん社会からの脱却からだ。(中島 進)

「万機公論に決すべし」

~地方紙の役割を果たせ~
万機公論に決すべし。「日刊新周南」の前身「徳山公論」発刊は、1946年9月7日だった。私自身、徳山に帰郷して1985年4月1日に日刊新周南を創刊するまでの2年間「徳山公論」を発行していた。当時多くのローカル紙があって、報道と言うより、主義主張を言うだけのための新聞も多かった。ゆすりたかり的な輩もいた。後に中国新聞に行ったが、F君というライターを広島から連れ帰って、どんな地方紙なら地域に役立つか、試行錯誤の繰り返しだった。あれから30数年を経て、定期的に発行を続けているのは、周南地域では光市の「瀬戸内タイムス」と「日刊新周南」だけになった。
茨城県つくば市の地域紙「常陽新聞」が3月31日に休刊した。地域の細かい話題も豊富で、行政の足りない所を指摘する新聞だったが、経営を維持できなくなった。惜しむ声も大きいが、地域に関心を持たない人が急激に増え、持続できなかった。そこそこの体制で発行してきた地域紙がどんどん休刊に追い込まれている。
インターネット上の情報がはんらんして、大きな全国ニュースはタダで手に入る。情報を得るのにお金を払わなくなった。地域の情報は地に足の着いた記者たちの取材でしか入らない。地方自治、政治にも関心を持たなくなった。各選挙の投票率の急激な低下はまさに危機的だ。文化活動、政治活動、地域おこし活動、どんな人がどんな活動をしているか、地方紙を見ないと情報は入らない。最近では行政マンもそんなことに関心を持たなくなった。目の前の与えられた仕事だけを無難にこなす。
かくして「地方創生」は言葉が一人歩きし、中身を伴わない空疎な活動になりつつある。地方紙の衰退は地方の衰退と正比例する。しかし、まだ希望は持っている。地域のために汗を流す人々は少なくない。そうした人たちと共に歩み。市民には行政のあり方、地方政治とのかかわり方などを知らせる記事を臆することなく提供し続けることが肝要だろう。
4月6日は「新聞をヨム日」だそうだ。私たちは読みたくなる新聞を作らなければならない。生活に役立つ情報、元気になれる情報。地域のためになる情報。やりたいことはまだたくさんある。5月15日には公論時代から数えて1万8,000号になる。戦後焼け跡の中で産声を上げた地方紙が、ここまで続けてこられたのも多くの読者の支えがあってこそだ。先達の熱い想いを再度かみしめて「万機公論に決すべし」と言い続けよう。権力に屈することなく。(中島 進)

生きものとの共存はできるか?

~知恵比べに勝とう!~
10年以上前だが、ベトナムで犬料理の店に行った。川のそばで、店の下から犬の泣き声が聞こえる。出された犬の肉に、連れの仲間たちは手を出すことができなかった。辺りは犬料理の店が軒を連ねていた。興味本位で入ったが、後味の悪い経験になった。韓国でもそうだが、犬の肉を食べる国は世界にはある。一方、ネパールでは牛が道路の真ん中を歩いている。牛肉を食べるなどもってのほかで、車の事故で牛を殺すと人間のそれと同じ罪を背負う。
今度は牛の肉を食べる人たちが、鯨には異常な愛情を注ぐ。捕鯨船を襲い、体当たりまでしてくる。動物を愛護する心情は難解だ。野犬対策で、捕獲作戦を実施しようとすると、愛護団体系の人が激しく抗議に訪れる。エサをやらないでと看板を建て、チラシをまくが、効果は限定的だ。犬好きな人はどうやっても好きだ。大人が数十人参加して捕獲作戦をしても、2日間でわずか4匹しかつかまらない。
本気に捕獲する気なら、少々お金を払っても犬取り名人に頼むしかないのではないか。保護と捕獲はニュアンスが違う。殺処分をしないと宣言して、プロの保護作戦と称して実行すれば少しは抵抗感が薄らぐかもしれない。いずれにしても、このままだと、いつか子どもが襲われる事態が起きるかもしれない。先日、飼い犬のレトリバーが乳児をかんで殺した。犬は基本、獣なのだと思い知った。
何をしても反対する人は出てくる。知恵比べだ。「しゅうニャン市」と言えば言うほど野良犬対策への苦情が増える。悩ましい現実だ。
中山間地区では猿の被害の苦情が多い。根こそぎ畑を荒らされて農業をやめた人もいる。猟友会に懸賞金を付けて猿退治を図ったが、思うようにいかない。撃ち殺された猿を、仲間の猿たちが飛んできて囲み、涙を流す仕草をするらしい。一度その光景を見ると、さらに撃つ気にはなれない、と猟友会の人は語っていた。
生き物との共存は実に難しい。熊の出没も多くなった。元はと言えば人間が作り出した光景だ。開発し、追い出した。平気で捨てていったのも人間だ。多少の代価を払っても、共存の道を探らざるを得ない。動物愛護団体の行動も過激になる一方だ。抗議の仕方も尋常ではない。被害を受ける市民の感情もある。行政は、ここが知恵の出しどころだ。猿知恵に勝つ、人間の知恵のすごさを見せつけろ。いや、今はAI(人工知能)の時代か。いっそ、AIに考えさせるか。(中島 進)

「しゅうニャン市」騒動に幕

~周囲の声が届く市長に~ 
「日刊新周南」も「日刊新しゅうニャン」に変えるか。周南市の銀南街もこれからは銀ニャン街になる?ニャンとも奇妙な市になりそうだ。
「バカ息子を持った母親」さんから学校で子どもが東西ニャン北と読んで先生に叱られた、という声が届いた。中馬教育長もしゅうニャンバッジを付けて懸命に擁護している。子どもは素直に受け入れる。学校現場で先生たちが「なぜしゅうニャン市になったの」と聞かれてちゃんと答えられるだろうか。
先の児玉神社例祭で、小川元徳山市長が「頼むから“しゅうニャン市”はやめてほしい」と怒っていた。くまモンやひこにゃんなどゆるキャラで有名になったところは多いが、くまモン市とか、ひこにゃん市にはしない。固有名詞にしても、うどん県や温泉県など具体的だ。「あくまでエイプリルフール1日だからうけたのでは」と市議会で追及する声もあった。しゅうニャン市に賛成した議員からも苦渋の選択だとの声が多かった。賛同しかねるがしょうがないと思っている。
あまり追及されなかったが、発注先は木村市長の選挙を手伝った人物だ。クリーンさが売り物の市長らしからぬ、世話になった人へ2,500万円を随意契約で丸投げで頼むのは、いかにも情けない。もう少し配慮がほしかった。市長たる者、かけらでも疑惑をもたれる行為は慎むべきだ。せっかくの善意をあだで返すようにならなければいいが。
しゅうニャン市の事業費を予算案からはずすという市議会の修正案はわずか1人の差で否決され、原案通り通った。しゅうニャン市騒動、問題はこれからだろう。木村市長は現市議のアンチ島津幸男氏派が結集して誕生した。個人的な支援組織を持っていたわけではない。近ごろは人の意見を聞かないと、事あるごとに口の端に上る。支持基盤はもろい。2期目に入り、支えてくれた人たちへの配慮はもっと慎重になるべき時期だ。
大切な仕事は、まずは職員の目を市民に向けさせることだ。次にインフラ整備だ。大きな柱を置き去りにしたら、衰退するだけだ。木村市政の5年間で徳山駅と新庁舎に約200億円を投じた。道の駅を数億円減額したと胸を張ったが、駅ビルや新庁舎、動物園で当初予定金額よりどれだけ増額になったか。数10億円も予算が膨らんだ。
合併して8年目に市長になった。これから一体感を持ってもらう大事な時期だった。合併した全国の自治体の悩みは、中心地以外の住民の疎外感だ。それには何より職員の意識を徹底的に変えることが必要だ。市民に寄り添う姿勢を、より一層高めないと不満は増幅する。子育て支援など、担当者によっては良い施策もある。見識ある周囲の声を聞ける市長を渇望する。(中島 進)

教育勅語の復活が目的か

~逃げる政治家に、隠す役人~
今の時代に教育勅語を暗唱させる幼稚園があるなど知らなかった。安倍首相夫人など多くの政治家が素晴らしい教育だと絶賛していたという。国を大切に、親を大切にする素晴らしい教育だと、注目されていたようだ。安倍首相をたたえる運動会など異様な光景だ。教育基本法から逸脱するような教育に、多くの政治家が賛同していたのも異様だ。
日教組が戦後教育悪の根源だと主張する政治家にとっては、素晴らしい教育機関と思えたのだろう。最近は戦前に回帰する発想が増えてきた。病んでいる現代社会に対して、国民が一体になって国家を支えていたと、戦争時の姿を思い浮かべているのだろうか。国家はかくあるべきと思っているのだろうか。
森友学園の問題は、単なる国有地払下げ問題ではなく、現在の思想問題の病巣を表している。稲田防衛相は、教育勅語は素晴らしいと国会で語る。少し前では考えられないことだ。それを追及する勢力はごく少数派だ。文科省は教育基本法にのっとり、公立、私立関係なく補助金を支給している。あくまで政治的中立が原則だ。
なぜ売却の過程が書かれた書類が存在しないのか、思うに、時の権力者が講演するような学校に、公務員たちは敏感に反応したのではないか。過去にあり得ない現象が起こるのは、必ず裏に何かある。新保守主義と言われる人たちが、こぞって教育勅語を読む幼稚園を賛美する現象に、危機感を覚える。
人によって歴史認識が違うのは当然だ。大戦当時の世界は混とんとし、欧米諸国の植民地政策もひどかった。しかし、日本の軍部の暴走もひどかった。教育勅語を評価するのは自由だが、現職の大臣がそれを言うのなら、もっと説明が必要だろう。教育勅語を信じて死んでいった若者たちに説明すべき事象だ。権力者はあくまで謙虚でなくてはなるまい。
森友学園の経営者の傲慢でずるい人間性が表面化する度に、応援してきた政治家たちが逃げている姿を見たら情けない。こんなテーマで国会が紛糾するのも情けない。レベルが低すぎる。公明党までが同調しているのを見ると、税金の使い方に安直な今の政治に愛想がつく。徹底的な調査をすればすむことだ。親を大切に、弱者に優しい人間を育む教育は教育勅語からなのか。目指すものがわからない。(中島 進)

しゅうニャン市で大騒動

~下松市の鉄道車両運搬大成功~  

周南市の『しゅうニャン市』騒動は収まりそうにない。これほど意見が分かれる事案は珍しい。3,000万円もの市税を投入するのだから、もっと市民の声を聞いて進めるべきではなかったか。議会に出す前にある程度反応を確かめるのが常識だ。それをもとに修正を施すなりして提出する案件だった。市長側近たちの役目はそこにある。私の周囲では圧倒的に否定的な意見が多い。一方、若い人には抵抗感が薄いようだ。
シティプロモーションと木村市長は力説する。確かにこれまでそうした事業が苦手な自治体だった。そんなことをしなくても豊かで、近郊から人が集まっていた。しかし周南市と言っても知名度は低い。新幹線の駅名は徳山駅だ。必ず昔の徳山なんですよと説明が必要だ。昨春のエイプリルフールで「しゅうニャン市」と市長が尻尾を付けて登場したら、インターネットの動画サイト、ユーチューブへのアクセスが急増、面白いと評判になった。
ノリにのった木村市長は全国にしゅうニャン市を売り込むつもりだ。品がない、軽すぎる、何を訴えるのかわからない…反対する人たちの意見はこんな感じだ。もっとするべきことがあるだろうという人もいる。
猫のように自由に歩けることをイメージしたという説明。反して、新南陽地区の経営者から「何とかしてくれ、腹が立ってしょうがない」と怒りの電話が。長田団地では大量の野良猫の被害で大変だそうだ。
先日、下松市で日立製作所が製造した英国車両が日中に一般道路で運搬された。すごい見物人で驚いた。ニュースはもちろん、見物人がSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)で大拡散。日本中に『ものづくりのまち』をアピールした。新幹線の中でもニュースで流れたそうだ。大成功したシティプロモーションだった。市の出費はわずか370万円という。
イメージを売るのは難しい。周南市は金峰の連続放火殺人事件で全国に有名になった。知られることと、伝えることは違う。周南市が誇れるものは何か。多くの市民が共有できるコンセンサスを作ろうではないか。動物園か、コンビナートを抱えた工業都市か、おいしい食べ物に満ちあふれた地域なのか。光市は海や川など自然がある。下松市はものづくりがある。じゃあ周南市は?(中島 進)

散歩中の飼い犬襲われる

~野犬対策、看板倒れにならないように~

高校生の時、旧徳山市で犬獲りのアルバイトをした。犬獲り名人のおじさんのトラックに乗って、毎日、野犬を捕獲して歩いた。おじさんが犬を見つめると、犬は逃げることもできず、カチカチに体をこわばらせていたのを思い出す。大迫田の方だったか、処分場があったが、近くになると車の後ろに収容された犬たちが一斉に、キャイーン、キャイーンと泣いた。その声に耐えられず、1週間ほどで私は音を上げた。
周南市の遠石小の子どもたちは、こども議会で木村市長に野犬対策を訴えた。野犬に遭遇して怖かった経験があるかなどアンケートの結果も発表した。市長は「看板を設置しているので待って」と答えていた。「餌をやらないでください」の看板だ。効果はどれほどかわからない。ここ最近、遠石地区や周南団地付近をはじめ市内で野犬が異常に増えている。10匹単位で動くケースもあり、大人でも恐怖感がある。
知人は犬を散歩させていて野犬とけんかになり、愛犬が大けがをしたという。警察にも言えず泣き寝入りだそうだ。餌をやらないのもいいが、殺処分よりむしろ残酷かもしれない。動物愛護団体が発言力を増す中で、野犬対策は難しい課題だ。動物好きな人には、目の前に犬がいると放ってはおけないのだろう。しかし飢えた野犬は何をするかわからない。子どもを襲う事態も考えられる。
対策は、まず野犬を捕獲、どこかに収容施設を作って、去勢した上で、寿命をまっとうするまで飼育する以外にない。餌代は、ボランティアなどにも協力してもらい、人に飼われるよう訓練し、できるだけもらってもらえるようにすることだ。犬好きが遊びに行けるようになればそれでいい。ワンワンランドを作るのだ。
犬狩りが当たり前の時代は、はるか昔になった。たちまち処分場送りは論外だろう。先日の10時間かけた市と県の捕獲作戦で捕まえられたのはわずか2匹だった。先送りすればするほど子犬が産まれ、野犬は増えて行く。ネット上では、子猫を襲う野犬の姿までアップされている。しゅうニャン市としてはほっておけない映像だろう。市民の安全・安心を守る市政のはず。野犬対策が看板倒れにならないことを切に願う。(中島 進)

小池ブームはなぜ?

~お役人の問題意識にメス~
小池東京都知事ブームはまだ盛り上がりそうだ。第2の橋下徹だ。なぜ彼女、彼が大衆に受けるのか。行政にはっきりものを言える人、管理監督が出来そうな人を望んでいるからだ。既得権者、既存政治家たちに、ひるまず立ち向かう姿に拍手する。行政に期待しなくなって久しい。地方政治に期待しなくなって随分になる。民主党がこけて、ますますその傾向が激しくなった。
あれだけ記者が張り付きながら今ごろになって、文部科学省の天下りを問題にしている大手マスコミのふがいなさにも驚くが、庶民の感覚とずれまくっている公務員の世界をただしてくれるリーダーを求めている。オリンピックにしても、豊洲問題にしても、庶民は役人の無責任な問題意識にメスを入れてくれたと感じている。マスコミがあてにならないからヒーローが出てくる。最近は、多くが週刊誌の後追いだ。
地方も同様で、自己保身と言うより、自分本位な施策しか考えない公務員が増えた。誰のための何のための施策か、課題は何なのか。市民の懐に入り込むような施策が少なくなった。全国どこの自治体も金太郎飴のような内容だ。地方定住ではどこもかしこもビデオを作り、YouTubeにアップする。支援策の中身は全国同じようなものだ。
数年前、高知県のど真ん中の嶺北地区に研修に行った。毎年30組ぐらいが移住してくるという不思議な地区だ。森林率日本一の険しい地域だ。移住者や地元の若者たちと2晩飲みながら過ごした。移住者たちが異口同音に語るのが、いろんなところを見て回ったが、ここが一番、人間的によかった、だった。地元の世話人と移住者ネットワークがしっかりしていて、問題解決も早かったと話していた。
ネット環境は整えられ、農業以外でも何とか生活できると言う。東京渋谷などで3軒のパン屋を経営していたという若者などいろんな業種の若者たちが生き生きとしていた。毎日、御用聞きのように回ってくる行政マンも仲間だ。県庁マンもいた。お役人たちも素敵だった。
廃校は都会から来た若者が民泊所として経営している。お金とほとんど関係ないところで移住者が増えている。今回、周南市は「しゅうニャン市」のPRに合計3,000万円の予算を使う。これは全額市民の税金だ。Uターンする若者が増えれば良いが…。きっと増えるんだろう。いや、知ってもらうための予算か。(中島 進)