コラム・エッセイ
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再々周南新百景 佐森芳夫(画家)
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(番外編)再々から補へ
「再々周南新百景の旅」が終わった。菅野ダム湖が渇水の時にだけ姿を目にすることができる「樸玉の滝(あらたまのたき)」から始まった旅は、安徳天皇が祀られてい...
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(100)赤間神宮
「今ぞ知る みもすそ川の 御ながれ 波の下にも みやこありとは」源平の合戦で安徳天皇を抱きかかえて壇ノ浦に沈んでいった二位尼の辞世の歌が、みもすそ川公園...
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(99)柳の御所
木曽義仲に都を追われ太宰府に逃れた平家一門であったが、豊後の緒方三郎維義(これよし)の裏切りによって、再起の夢もかなわず太宰府を後にすることになる。そし...
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(98)平家大明神
柳井市阿月池の浦にある池浦神社は、享保11年(1726)に叢祠(そうし)を建て平家大明神として祀られていたものが、その後、明治4年(1871)に祭神を安...
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(97)池の浦
柳井市阿月と熊毛郡上関町との境にそびえる標高約526メートルの皇座山(おうざさん)という山がある。その皇座山は、合戦に敗れて逃げる途中で安徳天皇が山頂で...
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(97)池の浦
柳井市阿月と熊毛郡上関町との境にそびえる標高約526メートルの皇座山(おうざさん)という山がある。その皇座山は、合戦に敗れて逃げる途中で安徳天皇が山頂で...
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(96)原尻の滝
穴森神社から車でおよそ30分離れた豊後大野市緒方町にある、緒方三郎維義の館跡(やかたあと)を訪ねてみた。国道502号線沿いには、「豊後武士団の頭領、緒方...
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(95)穴森神社
『平家物語』の巻第八緒環(おだまき)には、維義(これよし)がおそろしき者の子である由来が書かれている。その内容は、『古事記』などの神様や神の化身が人間と...
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(94)緒方大明神
「かの維義はおそろしき者の子なり」と『平家物語』巻第八に書かれているその男こそが、宇佐神宮の荘園であった緒方荘(現在の大分県豊後大野市緒方地区)の荘官を...
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(93)長者ヶ森
美祢市の秋吉台カルストロードを走っていると、石灰岩と草紅葉が続く風景の中に突如として木々の塊が現れる。あきらかに周辺から孤立しているかのように見える異質...
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(92)唐辛子
「今年の漢字」に「熊」が選ばれた。「今年の漢字」は、毎年この時期の恒例の行事で、世相を表す一字として全国から葉書などで寄せられた中から最も多かった漢字を...
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(91)柿の実
12月3日の夕方、周南の市街地では初雪が舞った。雪が積もることはなかったが、いよいよ、雪の季節が来たことを知らされた。前々日の20度を超える暖かさからは...
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(90)朝焼け
硫黄島での滞在時間は、わずか21時間30分であった。テントの設営や日没後の活動できない時間を除けば、余りにも短い時間であったが、それでも、主な目的の安徳...
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(89)俊寛堂
硫黄島港のそばに、俊寛(しゅんかん)の像が建てられている。海にむかって力強く右手を突き出したその姿は、胸に迫ってくるものがある。そこに、俊寛がたどったで...
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(88)安徳天皇墓所
「フェリーみしま」が、鉄分で茶色に染まった硫黄島の港に入港した。観光案内所でキャンプ場の利用受付を済ませて、すぐ近くにあるカルデラの断崖絶壁がそびえ立つ...
